生物システムは環境変動に対し、ゲノム配列・遺伝子発現・代謝フラックスなど複数の階層をまたぐダイナミックな相互作用を通じ、表現型を変化させることにより適応することができる(代謝アダプテーション)。しかしその代謝アダプテーションによる表現型の変化は変幻自在というわけではなく、制約が存在する。本研究は大腸菌の代謝アダプテーションにおける大規模なトランスオミクス解析により、代謝アダプテーションの過程において取り得る表現型が一定の範囲に制約されるメカニズムの理解と、その予測と制御を可能とする手法を開発することを目指した。 2019年度は、前年度に取得した様々な作用機序の代謝阻害剤に対する代謝適応株のトランスオミクス解析(ゲノム、トランスクリプトーム、メタボローム解析)を行った。これらの解析により、適応現象に関与すると思われる変異および発現変動遺伝子を同定し、また適応現象に伴って蓄積量が変化した細胞内代謝物を発見することができた。また、前年度に見出した、トレードオフの関係を示すような代謝阻害剤のペアに着目し、それら代謝阻害剤に対する適応株のトランスオミクス状態の変化をさらに詳細に解析したところ、これらの株は異なる向きに細胞内部状態を変化させていることが示唆された。これらの代謝阻害剤は同時添加により相乗効果をもたらすことも見出しており、得られた結果は代謝状態のとりうる範囲を規定する分子メカニズムの解明と、それに基づく代謝状態の制御の基盤になると期待できる。
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