共進化する生物同士にはしばしば,特定の相手としか相互作用しないというパートナー選択の特異性がみられる.このような特異性を担う分子的実体は受容体とリガンドであることが多いが,新しい特異性,すなわち「新しい受容体とリガンドのセット」はどのように進化するのかという問題が以前から指摘されていた.本研究では,自家受精を防ぐ自己認識機構である植物の自家不和合性を対象にこの問題に取り組んだ.特に着目したのが,自家不和合性の受容体とリガンドのセット(「S対立遺伝子」と呼ぶ)の特異性が不安定化し部分的に自家和合化するような,特異性の「ゆらぎ」現象である.本課題は,数理モデルと実験によりS対立遺伝子の進化過程を予測・再現することを通して,特異性のゆらぎと新規受容体-リガンドのセットの進化可能性との関係を,理論と実験の両面から探ることを目的とした. まず、自家不和合性における新規S対立遺伝子の進化と特異性のゆらぎとの関係を探るために,進化過程を再現する数理モデルを構築した.主要な結果として,認識特異性がゆらいだ中間状態があることで,たしかに新規S対立遺伝子が長期に渡って集団内に維持されることが予測された.また,S対立遺伝子の優劣性と新規S対立遺伝子の進化しやすさとの間にも関係が見られた. 続いて,実際の野生集団においてどのようなS対立遺伝子が分離しているのかを把握するために,シロイヌナズナに近縁の自家不和合性種ハクサンハタザオを用いて,リシークエンスデータに基づくS遺伝子座の塩基配列解析を行った.その結果,同一の特異性をもつとされるS対立遺伝子内にもいくつかの非同義置換が見られることが明らかになった.これらの多型は特異性に影響を与えゆらぎを引き起こす可能性があると考えられる.
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