ゲノム倍数化は、現存する様々な生物種において観測される形質である。古くから倍数体生物は環境変動などへの適応能力が高いことが示唆されているが、その基本原理の解明には至っていない。大野乾のゲノム重複説によれば、ゲノムの倍数化により冗長性がもたらされ、元々の遺伝子の機能を保持したまま重複した遺伝子の機能が改変され、新規形質の進化が促進されうる。他方、進化速度を考えた場合、1細胞あたりのゲノムのコピー数が多い場合、1つのゲノムに変異が入ってもその効果が弱められる、つまり表現型の揺らぎが小さくなるため、進化速度は遅くなりうる。本研究では、この一見矛盾するゲノム倍数性の進化に対する影響を、実験と理論の両面から定量的に捉え、ゲノム倍数化と進化の関に存在する普遍原理の解明を目指す。 昨年度は以下の2項目において研究を実施した。 (1)複数コピーゲノムの遺伝様式の解析 進化可能性を解明するためには、変異がすべてのゲノムに固定される速度を定量する必要がある。そこで、複数コピーゲノムのうちどのゲノムを複製し、どのゲノムを遺伝するのかを詳細に解析するため、1細胞イメージング系を確立し染色体トラッキングをおこなった。その結果、ゲノム複製の選択性はなく、ほぼランダムに選択されることがわかってきた。さらに、このランダムな複製、遺伝においても、わずか約5世代で8割の細胞はどれかひとつのゲノムに固定されることも明らかになった。 (2)ゲノム倍数化の分子基盤 そもそもなぜ倍数化するのかという分子基盤を理解するため、様々な倍数性を持つシアノバクテリアを用いて解析した。その結果、倍数性が多いシアノバクテリアは、バクテリア型の複製機構とは別の新規なゲノム複製機構を持つことが示唆された。この結果は複製開始機構の進化によって、1細胞分裂あたりの複製回数が変化したことが考えられ、倍数化との因果関係が示唆された。
|