研究領域 | 植物の生命力を支える多能性幹細胞の基盤原理 |
研究課題/領域番号 |
18H04833
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研究機関 | 金沢大学 |
研究代表者 |
伊藤 正樹 金沢大学, 生命理工学系, 教授 (10242851)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 細胞周期 / 非対称分裂 / 植物細胞 / 気孔形成 / 転写制御 / 細胞運命決定 / シロイヌナズナ |
研究実績の概要 |
気孔前駆細胞メリステモイドは数回の非対称分裂により、分化する娘細胞と分裂を続けるメリステモイド自身を生産することから、植物における一過的な幹細胞であると考えられている。このような気孔前駆細胞における細胞運命決定と細胞周期制御の関連について研究を行った。DREAM複合体は、MYB3RやE2Fなどの転写因子を含む大きなタンパク質複合体であり、細胞周期遺伝子を統合的に制御しているのではないかと考えられている。シロイヌナズナに存在する3個のE2F遺伝子を同時に破壊したe2fabc三重変異体の解析を中心に行った。e2fabcの葉の表皮では、メリステモイドの非対称分裂の回数が野生型植物に比べて顕著に増加していることが明らかになった。また、分裂の非対称性における異常が原因と考えられる過剰な細胞分裂が観察された。更に、この三重変異体では、根端におけるコルメラ幹細胞の列数の増加や内皮皮層始原細胞の分裂回数の増加など、根においても幹細胞の分裂が過剰になる表現型が観察された。E2FはこれまでにG1/S期の進行を担う細胞周期の正の制御因子であると考えられてきたが、本研究により、幹細胞における細胞分裂の抑制に重要であることが明らかになってきた。 GIG1は植物特異的なAPC/C抑制タンパク質であり、特徴的な細胞運命の異常から、気孔前駆細胞の非対称分裂に異常を持つことが予想されている。gig1促進変異体の研究から、核内mRNA代謝に関連する複数の遺伝子を同定しており、更に研究を進めた結果、これらの変異はAPC/Cのコア構成因子APC8の機能欠損型変異体が示す矮性表現型を抑圧すること、さらにAPC8の機能獲得型変異による気孔形成異常を促進することを新たに明らかにした。この結果から、核内mRNA代謝異常がAPC/Cに影響を与え、細胞周期を制御する新しい仕組みが存在する可能性が示唆された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
DREAM複合体を形成する因子のうち、これまではMYB3Rを中心に研究を行ってきたが、今年度はE2Fの機能解析まで研究を広げることができた。また、当初想定していた気孔前駆細胞だけではなく、根端静止中心周辺の複数種の幹細胞においてもE2Fの寄与があることを明らかにすることができた。これまでのコンセンサスではE2Fの主要な働きは細胞周期G1/S期を促進することであると考えられてきたが、今年度の研究により、従来の考え方とは異なりE2Fの幹細胞における機能は主に細胞周期の抑制である可能性が示唆された。さらに、同じDREAM複合体の構成因子であるMYB3Rの機能解析からは、このような幹細胞への影響は観察されていないことなどから、これらの転写因子の機能と複合体形成との関連を明らかにすることの重要性が改めて明らかになった。 また、gig1表現型を促進する変異とAPC/Cのコア構成因子APC8を変異と組み合わせた実験により、これらの変異がAPC/C抑制因子GIG1だけではなく、APC/C自体と機能的に相関していることを直接示すことができた。gig1促進変異体の多くは核内mRNA代謝に関連した遺伝子が原因であるため、核内mRNA代謝異常がAPC/Cに働きかけて細胞周期を調節する新しい細胞周期チェックポイントの存在を提起するに至った。
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今後の研究の推進方策 |
e2f三重変異体の表現型解析により、気孔前駆細胞やコルメラ幹細胞などの根端静止中心周辺の細胞分裂にE2Fが抑制的な機能を持っていることが示された。このような表現型がどのような遺伝子発現の変化に起因しているのか今後明らかにしていく必要がある。E2Fの幹細胞特有の機能について解析するには一細胞トランスクリプトーム解析が理想的であり、今後、e2f多重変異体をこの方法で解析することを検討していく必要がある。また、e2f三重変異体で観察された表現型が、DREAM複合体の形成を反映したものであるかどうかについても検証していくことが必要である。このためには、e2f遺伝子の変異を他のDREAM構成因子の変異と組み合わせて、表現型への影響を観察する実験や、他のDREAM構成因子の変異体がe2f三重変異体と同様の幹細胞の異常を示すかどうかを調べる実験などが考えられる。また、幹細胞特異的に発現する構成因子があるかどうかについても、GFP融合タンパク質発現株の作出により解析していくことを計画している。 gig1表現型を促進する核内mRNA代謝異常が、APC/C機能に対しても関連することを直接示すことができた。今後、APC/C標的因子との関連についても新たに解析し、核内mRNA代謝異常がサイクリンなどの細胞周期因子と機能的に関連するのかについて、サイクリンの変異体を用いて直接調べていくことを考えている。また、最も重要なのは、この核内mRNA代謝異常とAPC/Cとの関連が、どのような分子機構で生じているのか、そして、その生理的な意味が何であるのかを解明することである。核内mRNA代謝因子の変異体において、上方制御されているANAC転写因子の働きがAPC/Cの活性化に寄与している可能性があるため、この転写因子のAPC/Cに対する作用や標的遺伝子を明らかにしていくことを計画している。
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