研究領域 | 性スペクトラム - 連続する表現型としての雌雄 |
研究課題/領域番号 |
18H04880
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
藤原 晴彦 東京大学, 大学院新領域創成科学研究科, 教授 (40183933)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 雌限定型ベイツ型擬態 / シロオビアゲハ / doublesex(dsx) / 雌二型 / 性選好 / 翅紋様形成 / 寿命 |
研究実績の概要 |
無毒な種が有毒な種に紋様を似せて捕食から逃れるベイツ型擬態は広範な動物に見られる。多くの蝶ではベイツ型擬態はメスだけに見られるが、シロオビアゲハでは模様が異なる擬態型と非擬態型の2種類の雌が存在する。翅の紋様パターンは擬態と性選好(mate preference)の両方に影響を与えるが、その背景にある分子メカニズムはわかっていない。本研究では、 (A)なぜメスだけに擬態型が生じるのか、(B)集団における非擬態型dsx-hと擬態型dsx-Hの遺伝子頻度はどう異なるか、(C)擬態型dsx-Hは何らかの機能障害をもたらすか、(D)擬態紋様形成における擬態型dsx-Hの標的遺伝子を解明することを目的とする。 本年度は、シロオビアゲハの雌の翅での2種類のdsx遺伝子の発現パターンを詳細に解析し、同じ遺伝子型Hhでも擬態型dsx-Hが擬態型雌では強く発現するのに対し、オスでは発現が誘導されないことがわかった。一方、擬態型雌のみが野生集団内にひろがらない理由として、雄が非擬態型雌を好むという説以外に、擬態型の遺伝型が個体発生にとって不利益なコストをかけているという可能性が考えられた。そこで、産卵率、孵化率、幼虫の生存率、成虫の寿命などを遺伝型ごとに調べた結果、雄がHHである場合に孵化率と幼虫の生存率が低下する傾向が見られ、また、雌ではHH、Hh、hhの順に寿命が長くなることがわかった。この結果は、擬態型遺伝子dsx-Hを有するHは生体に対して何らかのコストをかけているという可能性を支持した。また、擬態型dsx-Hの下流の標的遺伝子を探索し、Wnt1, Wnt6, abdAなどが擬態形質の誘導や非擬態形質の抑制に働いていることが明らかになった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
(1)なぜメスだけに擬態型が生じるのか:同じ遺伝子型Hhでも雌は擬態型となり雄は非擬態型の翅紋様を呈するが、その明確な原因は不明だった。擬態型雌の翅紋様は主に擬態型dsxHによって制御されているので、その発現パターンをHh雌とHh雄の蛹期の各ステージの翅で比較したところ、Hh雌のみでその発現が誘導されていた。この結果は、dsxHの上流の何らかのシスエレメントの構造上の違いにより、雌雄で発現誘導が異なることを示唆する。 (2)擬態型dsx-Hは何らかの機能障害をもたらすか:擬態型と非擬態型の2種類の雌で、捕食圧の低い擬態型雌がなぜ野生集団に広がらないかについては、雄が自らと同じ紋様の非擬態型雌を好むという性選好があるという仮説に加えて、擬態型dsx-Hが何らかの不利益なコストをもたらしている可能性が考えられた。そこで、HH, Hh, hhの各遺伝型の雌雄について産卵率、孵化率、幼虫の生存率、成虫の寿命などを比較した。その結果、雄がHHである場合に孵化率と幼虫の生存率が低下する傾向が見られ、また、雌ではHH、Hh、hhの順に寿命が長くなることがわかった。擬態型dsx-Hを有する個体では何らかの機能障害があることを示唆する。 (3)擬態紋様形成における擬態型dsx-Hの標的遺伝子:擬態型雌の翅で擬態型dsx-Hをノックダウンし、処理翅と非処理翅の間でトランスクリプトームの比較により、遺伝子ネットワークの上位にあると考えられる転写因子、シグナル伝達関連遺伝子を探索した。その結果、dsx-Hによって誘導される遺伝子が38、抑制される遺伝子が45見つかった。誘導されるWnt1, Wnt6、抑制されるAbd-Aに着目しRNAiによる機能解析を行ったところ、前者は擬態型翅の赤色や白色領域の形成、後者は非擬態型翅の形成に関与することが示された。上記の結果から順調に研究は進展していると判断した。
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今後の研究の推進方策 |
シロオビアゲハの雌でのみ擬態形質が誘導される要因として擬態型dsxHが雌特異的に誘導することが示された。dsxHの上流にはlong non-coding RNAであるU3Xが存在し、非擬態型dsxhには存在しないことから、U3Xがこの制御に関わっている可能性が考えられる。そこで、雌雄蛹の各ステージでU3Xの詳細な発現パターンを比較するとともに、U3XのノックダウンなどでdsxHの発現に変動が見られるかを解析する。また、dsxHとdsxhのゲノム構造の詳細な比較から雌雄の発現誘導上流のシス因子を予測し、レポーター解析により雌特異的な発現誘導に関与するかを解析する。これまで表現型の解析から、擬態型メスの頻度はモデル毒蝶の頻度に依存して増え、オスは非擬態型メスを好むという結果が示されていたが、原因であるdsx-h, dsx-Hの遺伝子頻度は測定されていなかった。そこで、石垣島、沖縄本島などで個体を採集し、dsx-h, dsx-H遺伝子型から島ごとの遺伝子頻度の変動を解析する。またF1個体の遺伝子型から母蝶と父蝶の遺伝子型を推定し、性選好の動態を調べる。一方、今回の解析から、擬態型dsxHの下流で誘導される遺伝子としてWnt1, Wnt6が擬態形質の形成に関与し、抑制される遺伝子としてAbd-Aが非擬態型形質の形成に関与することが示された。これ以外に少なくとも10以上の上位遺伝子が擬態型dsxHでそれぞれの形質の誘導と抑制に関与していると考えられることから、これらの候補遺伝子の機能解析を順次行っていく。
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