性差は精巣と卵巣形成に由来するステロイドホルモンに起因すると考えられているが、申請者らは生殖腺が出来上がる以前の胚、すなわち精巣と卵巣の違いに由来しない時期に、発現に雌雄差を示す遺伝子がある可能性を検討してきた。Ftx lncRNAはこのようにして見つかってきた雌胚のみで発現するゲノムインプリントを受ける遺伝子の1つであり、タンパク質を作らない長いnon-coding RNA (lncRNA)である。Ftx lncRNAの生理的役割を理解するために、ノックアウトマウス系統を作製したところ、ノックアウト(KO)マウスの一部の雌はヒトの小(無)眼球症に似た症状を示した。興味深いことにこの表現型は雄のKOマウスでは見られず、表現型には性差がある。しかし、従来の遺伝学では、FtxのようなX染色体上にコードされた遺伝子のKOは、通常雄(-/Y)が雌(-/+)よりも重篤な表現型を示すはずで、このような遺伝パターンは説明がつかない。我々はマイクロアレイ、qPCR、RNA-FISH解析からFtx KOマウスでは、一部のX連鎖遺伝子が不活性化X染色体上で活性化しており、エピジェネティクス制御として知られる「X染色体の不活性化(XCI)」が異常を示すことを明らかにした。これはXCIの異常が、表現型が雌のみで検出される原因であることを示唆している。さらに、FtxKOでどのような異常が起きているか、その詳細を調べXCIメカニズムのに迫った。KOマウスを用い、①Ftxが正常なXCIに必須であること。②FtxがXCI制御の中心的な役割を果たすXistの発現を上昇させる作用があること。③さらにその作用はcisに働くこと、④Ftxはランダム不活性化の制御には大きな影響を持たないことをを明らかにした。さらに、全遺伝子の発現解析結果から、Ftxは正常なXCIの制御・雌の目の発生に必要であり、性差を示す疾患の原因として、新たにエピジェネティクス制御の一つであるXCIが関与することを提唱した。将来的にヒト遺伝性疾患の病因解明につなげたい。
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