脳の状態に応じて、神経細胞は周期的に発火し、多くの神経細胞がこの周期性に同期しながら発火する。生理的な神経発振は、例えば、記憶といった形で情報をコード化するのに役立つと考えられ、コントロールできないほどに発振が全般化すれば、てんかん発作につながる。本研究では、このような神経発振の意味を探るため、人為的に発振ステートを遷移させる実験的操作法を開発することを目的とした。具体的には、1)オプトジェネティクス(光遺伝学)による神経刺激を通して超長期可塑性を誘導する方法、2)脳内代謝回路の薬理学的操作によって神経伝達物質産生バランスを変化させる方法、3)グリア細胞活動の光操作によって脳内局所環境を変化させる方法を用いた。本研究では、数日に渡る神経細胞刺激によって超長期可塑性を誘導し、過興奮しやすいてんかん脳や、てんかん刺激に対して抵抗性のある抗てんかん脳を作り出すことに成功した。この研究を通して明らかになったのは、定常的な脳内アデノシンという抑制性神経伝達物質の多寡が、神経発振現象を強力に支配しているという事実であった。そこで、引き続き、生来の脳細胞において、神経伝達物質を産生する際に働く補酵素を余剰に投与することで、神経伝達物質のバランスを変更し、神経発振現象をコントロールする方法で、脳内代謝回路に薬理学的に介入し、てんかん発作を封じ込める方法の開発に取り組んだ。実験の結果、既にキンドリングにより発展したてんかん脳に抗てんかん作用を発揮させることに成功した例もあったが、個体ごとのばらつきが大きいことが示された。急性スライス標本を用いたグリア細胞の光操作では、グリアからの作用によって神経細胞の発振が抑制されることが明らかになった。生きている動物におけるてんかん発作を封じ込めるほどの威力は発揮できなかったが、神経情報処理に対する修飾作用は示唆された。
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