研究領域 | 非線形発振現象を基盤としたヒューマンネイチャーの理解 |
研究課題/領域番号 |
18H04959
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研究機関 | 国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター |
研究代表者 |
本田 学 国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター, 神経研究所 疾病研究第七部, 部長 (40321608)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 脳・神経 / 神経科学 / 脳波 / 同期 / 芸術諸学 |
研究実績の概要 |
日本を含む多くの文化圏では、指揮者やメトロノームのような基準なしに、複数の演奏者同士が「阿吽の呼吸」や「以心伝心」で自律的に表現行動の同期をとり、一糸乱れぬ見事な演奏を実現する表現芸術が多く存在する。本研究では、その背景となる神経基盤を明らかにするために、大規模な人間集団の同期現象によって魅力的な芸術表現を実現している典型例として、インドネシア・バリ島の祭祀祝祭芸能「ケチャ」をとりあげ、その表現行動を支える脳機能の同期性を明らかにすることにより、「阿吽の呼吸」のコミュニケーションを支える神経基盤に迫る。 これまでの領域内共同研究により、ケチャの演奏者を振動子とみたて、ネットワーク上のノイジーな振動子集団について、ラプラス行列が非対称な場合の集団の同期の良さを定量化してネットワーク構造の優劣を比較し、少数の振動子からなる強連結ネットワークの同期の良さを検討したところ、上級者を振動子集団の先頭に配置するときに良い同期が得られることが示された。そこで、実際のケチャ演奏時に、さまざまな配置を試し、ケチャのリズムパターンの同期に及ぼす影響を調べた。まず通常通り、経験者と初心者が交互になるように演奏者を配列した場合、ケチャのリズムの同期はほとんど不可能であった。次に、4列縦隊をなす先頭と最後尾を全て経験者にして、中間の2列を初心者とした場合、美しい同期が得られた。さらに隊形を完全な円形ではなく、円弧状にすることで、演奏者間の距離を縮め、お互いの膝が触れあうようにしたところ、同期性は非常に高まった。このことは、単なる聴覚性フィードバック以外の要因が同期性の形成に大きく貢献することを示唆しているものと考えられる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
同期に関する理論研究と実際の演奏とを対比することができ、理論的に得られる最適解が実際の演奏時にも有効であることが示された。また、ケチャ演奏時に複数被験者から自発脳波を計測するシステムを構築し、実際に記録に成功した。加えて、検討の着手点として、音楽演奏時のトランス状態でパワーの増大が顕著に認められる自発脳波のα帯域成分を対象として、被験者間コヒーレンスの検討を行った。その結果、パイロット的な解析ではあるが、演奏時には非演奏時に比較して、被験者間コヒーレンスが上昇する傾向が示唆された。以上より、全体としておおむね順調に進展している。
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今後の研究の推進方策 |
1.個体間自発脳波同期性評価手法の高度化:前年度から継続して、異なる被験者から記録した自発脳波に対して各帯域成分のコヒーレンス解析、移動エントロピーや有向性コヒーレンス、PAS解析を導入することによって、個体間の自発脳波間の情報の流れの向きを評価することができるよう解析手法を高度化する。また自律神経機能を反映する心拍のR-R間隔の変動データを脳波データと関連づけて解析する手法を開発する。 2.ケチャ演奏に伴う自発脳波同期性および自律神経機能同期性の検討:前年度から引き続き、ケチャ演奏中の複数の演奏者から自発脳波と演奏音を同時記録し、異なる被験者間の自発脳波成分の同期性について、ケチャ演奏時と非演奏時の比較、演奏者間の距離による変化、経験者と未経験者の比較、未経験者の学習による変化などを検討する。また、ケチャ演奏時のリズムパターンの同期性(演奏がうまくいっているかどうか)と、その時の個体間脳波の同期性との関連を検討する。 3.数理モデル研究者との共同によるケチャ表現行動のシステム論的解明:これまでB01班の郡らと実施してきたモデル研究を発展させ、周期的リズムを奏でるケチャ演奏者をノイジーな振動子とみたて、どのようなネットワークモチーフがより優れた集団表現としての同期性を実現するかを検討し、実際のケチャを演奏する集団における「より上手な演奏を実現するためのタクティクス」と比較することにより、経験的事実のシステム論的解明をおこなう。 4.同期性を主体とする芸能表現が長期的健康に及ぼす影響の評価:平成30年度に導入した非侵襲糖化最終産物測定装置を用いて、同期性を主体とする芸能表現が心身の健康に及ぼす影響を評価する。
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