研究領域 | 宇宙からひも解く新たな生命制御機構の統合的理解 |
研究課題/領域番号 |
18H04964
|
研究機関 | 茨城大学 |
研究代表者 |
中村 麻子 茨城大学, 理工学研究科(理学野), 教授 (70609601)
|
研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2020-03-31
|
キーワード | DNA損傷 / H2AX / PDMSチップ / 線量評価 / リスク評価 |
研究実績の概要 |
本研究計画では、宇宙放射線や微小重力など複合的なリスク因子が存在する宇宙空間において、少量の生体サンプルで様々な生物影響バイオマーカーをモニタリングできるマイクロデバイスシステムの開発を行う。これまで以上に簡便なサンプリング、長期的かつ安定的なサンプルの保存、そしてDNA損傷レベルの迅速な解析を可能とするAll-in-one型PDMSチップアッセイデバイスを実装可能なレベルまで完成させることを第一の目的としている。また、宇宙放射線の生物影響として懸念されている循環器疾患リスクを評価する新しいバイオマーカーとしてテロメア損傷に着目している。幅広い宇宙リスクに対する生体影響を評価するシステムを構築することを最終目的として、平成30年度は以下に掲げる研究項目を実施し成果を得た。 【血液サンプルからのγ-H2AX検出による線量評価可能なPDMSチップの開発】 PDMSチップの微細構造を改良するとともに、チップ滴下前に血液細胞をパラホルムアルデヒドなどの溶液で固定するなどして、血液サンプルからリンパ球の確実な分離・固定を目指した。その結果、安定的かつ高効率で全血からリンパ球分離することが可能となった。またチップ上でのγ-H2AX染色の質向上に成功し、チップ上でγ-H2AXフォーカスの検出が可能となった。なお、本研究計画で開発中のPDMSチップは特許申請に向けて準備中である。 【循環器疾患リスクを評価するためのバイオマーカーの検討】 宇宙放射線および微量重力など複合的な宇宙リスク因子によって相乗的に加速誘発される循環器疾患のリスクを評価するためのバイオマーカーとして、テロメア損傷検出の有効性の検討を行った。平成30年度は予備的な実験として、ヒトがん細胞HeLa細胞の染色体核板を作成するための指摘条件の検討を行った。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
平成30年度の研究実施により、微量の末梢血からリンパ球のみを効率よく捕獲固定することのできる微細構造条件を決定することができた。これまでのマイクロ流路デバイスで一般的であった赤血球の分離や血漿成分の分離とは異なり、中間サイズのリンパ球のみを末梢血から効率的に分離し特定の場所に捕獲するというコンセプトのもと開発されたPDMSチップは世界初であり、現在、特許申請準備中である。また、平成30年度はPDMSに滴下する末梢血サンプルについても様々な条件検討を行うとともに、PDMSチップの構造だけでなく、材質の特性等についても検討を行うことで、安定的に効率的にリンパ球を捕獲する条件を見出すことができた。これらの成果は、今後、放射線被ばくの生物影響をγ-H2AXアッセイによって評価するだけでなく、その他のバイオマーカーを用いた生物影響評価にも有益であると考えられる。さらに、平成30年度はヒト末梢血を用いたex vivo放射線照射実験を行い、照射細胞のPDMSチップへの固定およびチップ上でのγ-H2AXに対する免疫染色が成功していることが確認された。特に、γ-H2AXのフォーカス検出にも成功しており、本アッセイにおける最大の強みであるγ-H2AXフォーカス計測によるDNA損傷レベルの定量が可能であることを示す結果である。以上、γ-H2AXアッセイによる放射線線量評価デバイスとしてのPDMSチップ開発が着実に進行していると考え、本研究成果は「宇宙に生きるための複合的なリスク」を評価し、それに適切に対応するための方針を提言するための基礎基盤的知見を確立するために、十分な研究成果を得ていると考える。
|
今後の研究の推進方策 |
今後は、放射線被ばく線量評価を含めた総合的な宇宙リスク管理を現場で行うシステム作りにつながると期待されるPDMSチップの実装化が必要となる。より安定的にリンパ球の分離とγ-H2AXアッセイが可能なPDMSチップの製造手法、保管方法などについても検討を行っていく。 今回、ヒト末梢血を用いた放射線誘発DNA損傷レベルの検出が開発したPDMSチップで可能であることが示されたが、その線量依存性については確認されていない。そこで、染色の質をさらに向上させることで、γ-H2AXのフォーカス計測を基本としたDNA損傷レベルの定量、線量評価を目指していく。また、PDMSチップでのγ-H2AXアッセイが低線領域(0.1Gy以下)の線量評価に有用であるかはいまだ不明である。そこで、今後はより低線量の放射線照射サンプルや重粒子線照射サンプルを用いたDNA損傷モニタリングについても検討を行う。 培養細胞を用いた放射線照射後のテロメア長の変化を検討するための条件検討を行った。これまでの予備的な研究から、放射線照射後(1Gy, 5Gy)のリンパ芽球細胞では、線量依存的なテロメア長短縮が検出されている。今後は、テロメア短縮がより幅広い放射線線量被ばくに対するバイオマーカーとして有効であるかを検討していく。 最後に、これらの研究計画を確実に遂行するためには、MEMS分野を含めた様々な分野との横断的な協働体制が必要であること考えることから、研究成果は積極的に学会等で発表するとともに、研究協力者との十分な打ち合わせを行っていく。
|