公募研究
地球人口の約95%に、ヒトヘルペスウイルス(HHV)は潜伏感染している。地球上では、HHVと人類の可塑性(免疫)は平衡関係にあり、健常人がHHVにより深刻な病態を引き起こすことは稀である。しかしながら、宇宙は潜伏感染ウイルスと人類の絶妙な平衡関係が破綻するリスクに富む空間であると予想される。また、宇宙飛行士のHHV再活性化という事例を契機とし、アメリカ航空宇宙局は、宇宙飛行時、免疫系の変化を早期に察知するために、HHV再活性化のモニタリングが有効であると報告している[NASA Tech. Innov. 15 (2010)]。したがって、宇宙開発上、HHV再活性化状態の定量的かつ高感度な検査キットの確立や、HHVが潜伏感染を成立・維持させる機構、極限ストレス(重力、睡眠障害等)下における潜伏感染症の推移に関する知見をあらかじめ蓄積することは重要な課題であると考えられる。しかしながら、一連の研究課題の大部分は未着手なままであった。そこで、本研究では、代表的HHV、単純ヘルペスウイルス(HSV)に注目し、高感度有機小分子蛍光プローブを用いた定量的なHSV検査試薬の開発、HSVの潜伏感染成立・維持機構の解明、さらには、極限ストレスや加齢ストレス下におけるHSV潜伏感染の推移に関する知見の解明を試みた。現在までに、HSVの潜伏感染成立・維持機構の一端として、TLR3を介したHSV病態発現の抑制機構(Nat Immunol. 2018 Oct;19(10):1071-1082.)やウイルス遺伝子産物UL51を介したウイルス粒子増殖機構(J Virol. 2018 Aug 29;92(18).)を明らかとした。これらの知見は、地球におけるHSV感染症の克服や宇宙空間におけるヘルペスウイルス再活性化率の上昇の理解に貢献することが期待される。
2: おおむね順調に進展している
生体レベルにおけるHSVの潜伏感染成立・維持機構の大部分は不明なままであった。周知のとおり、HSVは健常人では上皮系細胞における初感染の後、速やかに神経組織に潜伏感染に移行し、時折、再活性化するものの致死的な病態を引きおこすことは希である。しかし、家族性ヘルペス脳炎患者では、TLR3や1型IFN経路にSNPが認められ、ヒトとHSVの共生関係が破綻すると考えられていた。我々は、上皮系組織および中枢神経系組織におけるTLR3とHSVの相関関係に関する詳細な分子機構を解明し、TLR3-mTOR経路がHSV脳炎の治療標的となることを解明した(R. Sato and A. Kato., et al. Nat Immunol. [2018])。また、HSVが宿主に潜伏感染を成立させるためには、上皮系組織において一過的な子孫ウイルスの増殖が必要であることが容易に想像される。我々は、ヒトヘルペスウイルスに保存させるUL51遺伝子が、上皮系細胞特異的にウイルス粒子の核からの出芽に関与することも明らかとした(A. Kato. and S. Oda, et al. J. Virol. [2018])。また、HSV検査試薬の開発に関しても、一定の成果は得られており、本研究の現在までの進捗状況は、おおむね順調に進展していると判断される。
以下を今後の研究推進の方策としている。(i) 領域内共同研究という形で、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の閉鎖環境適応訓練設備を用いたヒト閉鎖実験より得られるサンプルを用い、閉鎖ストレスに起因する短期・長期ストレスマーカーの探索に参画する。具体的には、ヘルペスウイルス定量系を提供すること、ヒト唾液中に放出されるヘルペスウイルス量の測定を支援する。(ii) 個体レベルにおけるHSV潜伏in vivoイメージング解析の確立として、神経侵襲性を保持したCre発現HSVを作出し、Cre存在下では恒常的に蛍光を発するレポーターを搭載した遺伝子組換えマウスに、本ウイルスを角膜感染させ、HSVを三叉神経節に潜伏感染させる。その後、蛍光シグナル追跡することで、各種のストレスに対するHSV潜伏細胞の推移(再活性化の程度等)を解析可能な実験系を構築する。(iii) 昨年度に引き続き、代表的HHVであるHSVに注目し、高感度有機小分子蛍光プローブを用いた定量的なHSV検査試薬の開発、HSVの潜伏感染成立・維持機構の解明、さらには、極限ストレスや加齢ストレス下におけるHSV潜伏感染の推移に関する知見の解明を試みていく。
すべて 2018 その他
すべて 雑誌論文 (6件) (うち査読あり 6件、 オープンアクセス 3件) 学会発表 (12件) (うち国際学会 3件) 備考 (1件)
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http://www.ims.u-tokyo.ac.jp/Kawaguchi-lab/KawaguchiLabTop.html