研究実績の概要 |
耳鳴は,主観的・意識的な知覚であり,脳で作り出される.さらに耳鳴が不快な情動を生み出すと,症状を重篤化し,QOLの深刻な低下を招く.本研究の目的は,耳鳴の発生・重篤化の脳内メカニズムを解明したうえで,音提示(音響療法),音学習(行動療法),投薬などにより,耳鳴知覚の質感を変え,症状を改善できる手法を見出すことである. 耳鳴の発生の有力な仮説では,難聴により減少した入力情報を増幅する機序が聴覚経路で働いた結果,増幅された自発活動が耳鳴知覚につながる.そこで本研究では,聴覚野の神経活動同期が増幅機構に関与すると考え,ラットの耳鳴モデルを対象とした神経生理学実験によりこの仮説を検証した. ラットの左耳に125 dB SPL, 10 kHzの純音を1時間曝露し,音響外傷による耳鳴症状を呈するラットを作成した.難聴・耳鳴の行動指標には,プレパルス抑制・ギャップ抑制を用いた.ラットをイソフルランで麻酔し,聴覚野の神経活動を微小電極アレイで計測し,聴覚野の周波数マップと同マップ上の神経活動の同期の変化を調べた.神経活動の同期として,自発活動の局所電場電位 (Local Field Potential; LFP)を計測し,LFP同期度を位相同期度 (Phase Locking Value; PLV) を定量化した.その結果,音響外傷群では,高周波数領域 (>32 kHz) と中周波数領域 (10 kHz) 間のPLVは,統制群よりも大きいことが分かった.また,PLVの増加度は,耳鳴指標の行動指標と相関した.このPLVの変化は,音響外傷に伴う周波数マップの変化とも関連した. これらの結果は,音響外傷により,聴覚経路の周波数マップが変化し,それに伴い,神経活動同期が変化したことを示唆する.この同期の変化が,情報増幅の神経基盤として働き,耳鳴に寄与したと考える.
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