研究領域 | 共創的コミュニケーションのための言語進化学 |
研究課題/領域番号 |
18H05089
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研究機関 | 同志社大学 |
研究代表者 |
小林 耕太 同志社大学, 生命医科学部, 准教授 (40512736)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 喉頭神経 / スナネズミ / コウモリ / フラビン蛋白蛍光イメージング / コミュニケーション音声 |
研究実績の概要 |
本研究の目的は、音声発話を支える聴覚-発声制御の神経機構および、その制御機構が社会的な刺激を受けて適応的に調整される仕組みを明らかにすることである。ヒトの言語発話は感覚フィードバックに依存する高度な実時間制御によって実現されている。一方で言語は固定的ではなく、一生に渡って変化していく。ヒト以外の哺乳類では、この実時間の発声制御と社会的刺激による適応調整を示す動物が殆ど見つかっておらず、その生理学的な仕組みは不明であった。申請者の予備的な研究によりげっ歯類の一種であるスナネズミは発声の可塑性があることを示した。また、研究連携者(飛龍志津子教授)らは、コウモリの発声は社会的な刺激に応じて可塑的に変化することを示してきた。これらの成果にもとづき、哺乳類を対象とした、発声の実時間制御とその社会的刺激による調整の仕組みを解明することを目指す。当該年度は、スナネズミを対象として喉頭神経の部分削除によって誘引される発声可塑性について、発声パラメータの変化およびその時間的な遷移(回復過程)について定量的解析をおこなった。具体的には、右下喉頭神経を部分切除した場合には、高周波(20KHz以上)が顕著に障害を受けた、また発声の時間パラメータ(持続時間、発声間隔)への影響は限定的であった。この影響は2週間後にはほぼ回復することがわかった。また切除部位に逆行性トレーサーを注入することで、疑核の吻側部から投射があることを確認した。コウモリを対象とした実験では、脳幹および中枢の神経応答の記録をおこなった。ユビナガコウコモリの聴覚抹消応答を、音響的に良く似た音を外界知覚に用いる別種のコウモリ(アブラコウモリ)と比較した。結果、エコーロケーションの周波数帯域では応答に高い共通性が見られたが、彼らが意図共有(コミュニケーション)に用いる周波数帯域では聴覚抹消応答に大きな種差が観察された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
スナネズミを対象として喉頭神経の部分削除によって誘引される発声可塑性について、発声パラメータの変化およびその時間的な遷移(回復過程)について定量的解析をおこなった。具体的には、右下喉頭神経を部分切除した場合には、高周波音声(20 kHz以上)が顕著に障害を受けたが低周波数音声(15 kHz以下)に対しては有意な影響は観察されなかった。また発声の時間パラメータ(持続時間、発声間隔)への影響も限定的であった。この成果は下喉頭神経が高周波発声の周波数制御に関与することを示唆する。また手術による影響は2週間後にはほぼ回復することがわかった。切除部位に逆行性トレーサーを注入することで、疑核の吻側部から投射があることを確認した。 コウモリを対象とした実験では、脳幹および中枢の神経応答の記録をおこなった。コウモリは音声を意図共有(コミュニケーション)と外界知覚(エコーロケーション)の2つに用いる。ユビナガコウコモリの聴覚抹消応答を、音響的に良く似た音を外界知覚に用いる別種のコウモリ(アブラコウモリ)と比較した。結果、エコーロケーションの周波数帯域では応答に高い共通性が見られたが、彼らがコミュニケーションに用いる周波数帯域では聴覚抹消応答に大きな種差が観察された。この成果は意図共有が聴覚抹消レベルでの種差を生み出している可能性を示唆する。 また、コウモリの皮質活動をフラビン蛋白蛍光イメージングにより計測する実験系を構築した。アブラコウモリ聴覚皮質の基礎的な構築を同定するため、周波数定常音を刺激として皮質応答の計測をおこなった。結果、現在まで電気生理学的手法でのみ計測されてきた周波数マップをイメージングにより同定することに世界で初めて成功した。 上述したように、ネズミおよびコウモリの実験はおおむね期待どおりの成果を上げており、順調に進展していると言える。
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今後の研究の推進方策 |
実験1 聴覚発声制御の行動実験 本実験では社会性シグナルの録音解析・分類および聴覚発声制御の神経回路の機能解析を音声可塑性のげっ歯類モデルであるスナネズミとコウモリを用いて研究する。通常飼育下の動物の発声を長期録画・録音おこなう。発声の解析には小動物の音声の解析に標準的に用いられる多変量解析(多次元尺度構成法、主成分分析を予定)および鳴禽類の発話の分類で用いられている機械学習(SVM)を使用し発声レパートリの比較も試みる。これらの基礎的な行動データに基づき社会的な刺激および聴覚フィードバックを変化させた場合の発声の変化の記録・解析もおこなう。聴覚フィードバックの変化として、発声の周波数・タイミングを電子的に操作する。それにより発声にどのような変化がおきるかを追跡する。このデータは実験2における分子基盤を解明するための実験タイミングを決定するためにも用いる。
実験2 発声制御系の神経回路および社会的刺激の処理に関与する生理機構 実験1によってえられる行動学的なデータにもとづき、聴覚発声制御系の神経回路の同定と、音声可塑性に関与する分子的な基盤について解明をおこなう。神経トレーサーにより発声に関与することが分かっている脳部位と、聴覚経路との連絡を同定する。これらの部位における社会的刺激の情報処理に関わると推定される分子(伝達物資等)の存在を可視化する。また実験1によって明らかになる、発声の可塑性が生起するタイミングに合わせて上述した脳部位における活動の変化や分子的な様態の変遷についても定量化・可視化を行う計画である。これらの実験では本年度、導入に成功したフランビン蛍光タンパクイメージングを用いる予定である。最終的には、可塑性に関与すると考えられる部位の活動を操作することで、発声の変化を引き起こす(あるいは阻害する)ことが可能かを検討する。
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