研究領域 | 細胞社会ダイバーシティーの統合的解明と制御 |
研究課題/領域番号 |
18H05100
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
今城 正道 京都大学, 生命科学研究科, 助教 (00633934)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 腸上皮 / EGFR / ERK / 細胞増殖 / 腫瘍形成 / 細胞分化 |
研究実績の概要 |
本研究では、様々な環境刺激に曝される哺乳類腸上皮において細胞のダイバーシティーが組織の環境応答や恒常性に果たす役割を明らかにし、その異常と腸疾患との関わりを理解することを目的としている。この目的を達成するために、当該年度では腸上皮(マウス個体)および腸上皮のオルガノイドに様々な刺激を与え、腸上皮細胞内で生体分子の活性がどのように変化するのか、そしてそれが細胞運命にどのような影響を与えるのか解析した。このうち特に、腸上皮細胞の増殖の制御に重要な役割を果たすERK MAPキナーゼの役割について、重要な観察が得られた。まず、ERK活性の動態を生体イメージングにより解析したところ、正常な腸上皮ではERK活性が一定の基底状活性と一過的なパルス状の活性の二つの成分から構成されることが分かった。このうちパルス状の活性はEGFR依存的であり、一方で基底状活性は別の受容体であるErbB2に依存していた。すなわち、腸上皮ではEGFRがパルス状のERKの活性化を、ErbB2が基底状活性を駆動することが分かった。さらに、大腸がんモデルマウスを用いた解析から、腫瘍形成過程ではEGFRシグナルが増強し、パルス状活性の頻度が上昇すること、同時に基底状活性もEGFR依存性に変化することが示された。この結果は、腫瘍細胞の高いEGFR阻害剤感受性を説明するものであり、EGFR阻害剤の腫瘍特異性の機構の一端であると考えられる。一方、腸上皮ではある種の病原体の感染に際して、Notch経路の活性低下を介して分泌系細胞への分化が促進されることが報告されているが、この際にもERKのパルス状活性化の頻度が上昇すること、そのことが分化の促進に必要であることを見い出している。このように、腸上皮ではERK活性の動態が組織の状態に応じて様々に変化し、そのことが細胞の増殖と分化の両方の制御に重要であることが明らかになった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度は特に細胞増殖の制御に重要な役割を果たすERK MAPキナーゼの活性をマウス腸上皮組織や腸オルガノイド内で可視化することに成功し、その動態を詳細に調べることに成功した。その結果、腫瘍形成過程や分泌系細胞への分化過程において、ERK活性の動態が様々に変化すること、そのことが細胞の増殖や分化の制御に関わっていることを明らかにした。特に、腫瘍形成過程では、Wnt経路の活性化によってEGFR制御因子であるLrig3, Troy, Egfl6の三つの因子の発現が変化し、それによってEGFRシグナルが増強され、ERK活性の動態が変化することを示した。この結果は、現在大腸がんの治療に臨床的に用いられているEGFR阻害剤の腫瘍特異性を説明するものであり、医学的にも重要な知見であると考えている。また、EGFR制御因子に関しては、大腸がん以外の他の様々な癌種でも発現が変化することが報告されており、今回解明された機構はこれらの癌の形成や進行にも関わっている可能性がある。このように、組織状態が著しく変化する際の、生体分子の活性動態の変化とその生理的な意義の一端を解明する成果を既に挙げていることから、順調に研究が進展していると判断した。
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今後の研究の推進方策 |
今後の研究では、先ず分泌系細胞分化の過程におけるERK経路の機能と制御機構を詳細に解析する。それにより、感染応答の際にどのようにして、ERK活性の動態が変化し、それがどのように幹細胞の分化方向、ひいては腸上皮の細胞ダイバーシティーの変化を誘導するのか明らかにしたいと考えている。特に、腫瘍形成過程ではERKのパルス状活性化は細胞増殖を促進したが、一方で感染応答においては分泌系細胞への分化誘導に重要であることを見出しており、このERKの機能の切り替えがどのようにして起きるのか解明することが重要な課題であると考えている。また、感染応答の際にはLrig3やTroy, Egfl6などのEGFR制御因子の発現には変化が見られず、腫瘍形成過程とは異なる機構でEGFRシグナルが増強されていると考えられる。この点についても、より詳細に生化学的な解析を行う予定である。これらの研究により、腸上皮において環境からの刺激が幹細胞の機能にどのように影響し、細胞社会のダイバーシティーを変化させるのか、その一端を解明したいと考えている。また、環境刺激に対する応答においては、ERK経路以外にも様々なシグナル伝達経路が関わっていると考えられることから、他の様々なシグナル伝達分子の活性動態を生体イメージングの手法で解析し、細胞ダイバーシティーの制御機構の解明につなげたいと考えている。
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