本研究では、哺乳類腸上皮において細胞社会のダイバーシティーが組織の環境応答や恒常性に果たす役割を明らかにし、その異常と腸疾患との関わりを理解することを目指した。この目標を達成するために、病態モデルマウスや腸上皮オルガノイド、生体イメージング技術を駆使した研究を行い、特にEGFR-ERK MAPキナーゼ経路が細胞ダイバーシティーの制御に重要な役割を果たすことを見出した。 ERKは細胞増殖の制御に重要な役割を果たすことが知られているが、実際の生体内でいつ、どのように活性化するのかは未解明の部分が多い。そこで本研究では先ず、最新の生体イメージング技術を駆使し、生きたマウス腸上皮におけるERK活性の動態を単一細胞レベルで測定した。その結果、腸上皮ではERK活性には一定の基底状活性と一過的なパルス状活性の二つの成分があることが分かった。このうち、基底状活性はErbB2受容体が、一方パルス状活性はEGFRが駆動していた。さらに、腸上皮腫瘍の形成過程では、EGFR制御因子の発現変化によりEGFRシグナルが増強され、パルス状活性の頻度が上昇すること、同時に基底状活性もEGFR依存性に変化することが示された。この結果は、腫瘍細胞の高いEGFR依存性を説明するものであり、ERK活性の動態の変化が腫瘍に特異的な性質を賦与すると考えられる。 腫瘍形成に加えて、EGFR-ERK経路の動態の変化は幹細胞の分化方向の制御にも重要であった。腸上皮ではある種の病原体の感染に際して、分泌系細胞への分化が促進されることで、細胞のダイバーシティーが変化する。この分化の際に、ERKのパルス状活性化の頻度が上昇すること、それによりAtoh1の発現が誘導されることで、分化が促進されることが分かった。従って、腸上皮ではERK活性の動態が組織の状態に応じて様々に変化し、そのことが細胞の増殖と分化、ひいては細胞社会のダイバーシティーの制御に重要であると考えられる。
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