公募研究
ひとつの脳であっても、その時々の脳内環境次第で、情報処理モードは大きく異なる。これらのステート間では、脳内回路(ワイヤリング)自体には何の違いもないはずだが、脳の情報処理の動態は全く異なる。本研究者は、これまで、定常的な伝達物質濃度の多寡、あるいは、乳酸等の代謝産物濃度の一過性の変動次第で、神経系の動作ががらりと変わることを示しており、この脳内局所環境を制御しているのは、神経細胞とは異なるグリア細胞であると考えている。そこで、本研究では、生きているマウス脳内に光ファイバーを刺し入れ、グリア細胞からの伝達物質放出を制御する因子としての細胞内pH、Ca2+を蛍光ライブ計測するとともに、グリア細胞・神経細胞の伝達物質産生能を握っている、乳酸・ピルビン酸・ATP等の代謝産物の流れを、新規開発のFRET蛍光分子を使ってモニターすることを目標とした。当該年度は、それぞれの蛍光センサープローブを発現する遺伝子改変マウスを作製した。これらの動物を用いて、脳内神経活動の電気的活動および蛍光記録の多変量解析を行った。特に、睡眠・覚醒等の大きく異なる脳状態で上記光ファイバー・フォトメトリーを行ったところ、脳表面で見られる変化とは全く異なる変化が脳深部で起こっていることが明らかになった。脳表面での変化は、蛍光マクロズーム実体顕微鏡を用いたイメージング方法を新たに開発して観察したが、ファイバー・フォトメトリーでの計測結果が確認された。特に、グリア細胞のうちのアストロサイトと神経細胞とをつなぐ、代謝産物の流れが可視化されたことで、脳内エネルギー代謝が、睡眠・覚醒中にどのように変化するのか、その一端が示され、睡眠の役割そのものを明らかにする研究を始めることができた。
1: 当初の計画以上に進展している
光の技術を使って、脳表面と脳深部のイオン濃度、代謝産物濃度動態を計測してみたところ、予想以上に、アストロサイトでの情報表現の豊かさに気付かされた。これらアストロサイトで計測される多変量は、全て、脳内情報表現の一種として捉えることができ、脳波等で記録される脳神経細胞の活動状態(ステート)や動物行動解析との相関を計測することによって、アストロサイトの脳機能や情報処理に果たす役割を理解することができると考えられる。加えて、これまでの当研究室での研究を通して、神経伝達物質濃度バランス等の脳内局所環境次第で、神経機能の動作は強力に左右されることが示唆されてきた。また、アストロサイト活動を光操作することで、極端な例では、てんかん様痙攣発作等を引き起こすことができることも明らかにされた。そこで、正常時・病態時における脳内局所環境を決めるメカニズムを解明し、将来的には、オンデマンドで脳情報動態を操作し、脳病態を治療する技術を開発するための見通しを立てることが可能となった。
神経細胞間の配線・ワイヤリング自体は変化せずとも、脳内局所環境次第で、神経回路は異なった動態を示す。このように情報回路がダイナミックに変化する性質こそ、脳の最も大きな特長のひとつと言える。例えば、集中して学習の準備が整った状態、あるいは、ストレス下において不安様行動が表出している状態。脳内局所環境は刻々と変化していて、その時々で、神経系の果たすべきタスクに最適化された状態になっていると考えられる。今後は、昨年度、開発された動物を用いて、脳内神経活動の電気的活動および蛍光記録の多変量解析を行い、特に、不安様行動が発現する場面におけるアストロサイト活動の変化を調べる。また、これまでの予備実験を通して、扁桃体アストロサイトの光操作によって、扁桃体と前頭前野間の同期性が失われることが明らかになった。同期性の解除は、不安様行動の抑制につながる可能性があるため、本研究では、オープンフィールド・高架式十字迷路等、不安様行動を定量的に解析する行動パラダイムで、周期性・同期性の消失が行動に反映されるかどうかを調べる。自閉症などでも不安様行動が顕著であるため、本研究を通して、不安を解消させる脳内メカニズムを明らかにすることができれば、QOL向上等の治療につながることも期待される。
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Glia
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http://www.ims.med.tohoku.ac.jp/matsui/