研究領域 | 脳情報動態を規定する多領野連関と並列処理 |
研究課題/領域番号 |
18H05144
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研究機関 | 生理学研究所 |
研究代表者 |
揚妻 正和 生理学研究所, 基盤神経科学研究領域, 特任准教授 (30425607)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 二光子イメージング / population coding / 恐怖条件付け / 前頭前野 / 光遺伝学 |
研究実績の概要 |
マウス大脳皮質における「内側前頭前野(mPFC)」はヒトの前頭前野背外側部に相当し、報酬記憶・嫌悪記憶といった様々な情動に関する記憶の管理を担う。大脳皮質での情報処理では一般に、神経細胞集団は全体として精密に制御されなければならないことが示唆されている。しかし実際どのような制御が脳機能の達成に重要であるかについては、情報論的な概念や仮説が提唱されるにとどまっている場合が多い。申請者らはこれまで、2光子神経活動イメージング技術によりこの問題に着手し、さらに光遺伝学的な神経活動操作を同時に行う手法を確立することで、大脳皮質での神経集団による情報コーディング(population coding)の基盤について明らかにしてきた。本研究ではこれらの技術を応用し、擬似自由行動中のマウスにおける神経集団活動の経時的な計測と操作を行うことで、mPFCの神経細胞集団による情動記憶の情報処理基盤を解明することを目的としている。 過去の研究で、内側前頭前皮質(mPFC)の一部、前辺縁皮質(PL)では、学習依存的な恐怖反応に伴って、神経活動の変化が報告されている。そこで、深部2光子イメージングを行い、PLを中心としたmPFCからの神経活動観察を進めてきた。遺伝子コード型カルシウムセンサーの利用により、長期的に細胞を標識し、同一の神経細胞群における学習経過を通じた神経発火パターンの変化についてのデータ取得を実現した。さらに、数理学的なアプローチによりこれらの観測で得られたデータの解析を進め、いくつかの興味深い現象を検出しており、今後領域内での共同研究などを経てその解析をさらに発展させていく計画である。並行して、そこから得られた仮説を検証するために、光による神経活動操作技術の開発・光学系の構築も進めてきた。次年度以降の展開に向けて、計画通り順調に進んでいると考えている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2光子神経活動イメージング技術により、恐怖学習に伴う神経活動変化を多数の神経細胞から同時記録した。実際の恐怖学習のパラダイムとしては、音と嫌悪刺激の条件付けを行い、音を提示したときに見られる学習強度(すくみ反応の程度)、及び神経活動パターンの変化を比較した。この時、二種類の音を準備し、一方だけを嫌悪刺激と連合学習させる。そうすることで、学習前の両者の違い、学習後の両者の違い、そして学習前後の比較を行い、恐怖記憶に特異的なパターン、要素の同定を行った。遺伝子コード型センサーの導入により長期的に細胞を標識し、従来困難であった「同一の神経細胞における学習前後での神経活動パターンの比較」を実現した。実験は頭部固定中の擬似自由行動可能なマウスを用いて行い、恐怖条件付けという古典的な学習を行うマウスからの神経活動記録を進めることが出来た。 また、上述の手法により得られた観察データをもとに、記憶コードに関する特徴抽出の手法確立と、それによる解析を目標とし、研究を進めてきた。学習の前、最中、及び学習後の記憶想起中のマウスでどのような神経活動や反応特異性が変化しているかについて検討を進めることができた。また、計画に従い、機械学習の専門家との共同研究を進めており、それに加えて、記憶との関連が想定されるアンサンブル(神経細胞集団としての活動)の検出も試みている。 さらに、イメージングにより観察されたそれらの神経活動の意義、情動との関連性を検証するために、数理学的な手法に加えて、「今後の研究の推進方策」の項で述べるような「光遺伝学」により直接的に因果関係を調べる準備を各種進めている。 これらのことから、次年度以降の展開に向けて、計画通り順調に進んでいると考えている。
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今後の研究の推進方策 |
本年度は引き続き、イメージングデータの解析による記憶コードに関する特徴抽出を進める。また、光遺伝学を利用することでそれらの特徴の人工的な活性化および抑制を行い、その因果性を検証していく。これらを通じて、情動記憶コードパターン、そして情動記憶形成のメカニズムそのものの本質に迫っていく。 まずは、解析によるイメージングデータの解読に関しては、これまで得られた結果を踏まえつつ、領域内での議論を通じてより深い考察と発展的な解析を進めていく。神経活動としては、恐怖を想起するような音(条件刺激)に対しての反応のみならず、嫌悪刺激そのものへの反応、逆に報酬に対しての反応、学習前の音そのものへの反応、そして動いたりすくみ行動をとったりすることによる反応など、様々な脳活動がデータとして同一マウスの同一細胞群から記録できている。これらのデータを系統的に調べていくことで、各神経細胞の個性ごとの役割の違いなども検証していく。 また、解析で得られた結果の因果関係を検証するために、光遺伝学による因果関係の解明についても進める。光遺伝学的な手法により任意の神経活動パターンを作り、解析から見出した要素の重要性を直接的に検証する。例えば、ある細胞数・密度・時空間パターンが重要であると提唱された場合には、以前の留学先であるYuste研で開発されたSLM技術(Nikolenko et al. 2007;Packer et al., 2014)を組み合わせ、操作標的細胞「パターン」を精密に再現して検証する。あるいは、PV陽性の抑制性神経が同期性制御を介してpopulation codingを制御することを踏まえ(申請者ら, 2017)、mPFCでのPV細胞特異的な活動抑制を通じてPV細胞・同期性の役割を検証していく。
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