前障(Claustrum)は哺乳類の大脳皮質の内側に位置する薄いシート状の構造であり、大脳皮質のほぼすべての領野と双方向的に神経接続するというユニークな解剖学的特徴が報告されているが、その機能については全く解明されていない。私たちは前障ニューロン特異的にDNA組換え酵素Creを発現するトランスジェニックマウス系統(Cla-Creマウス)の樹立に成功し、前障ニューロンの遺伝学的可視化・活動制御が可能となった。本研究では、遺伝学・神経解剖学・生理学・神経行動学など多様な実験手法を統合的に組み合わせ、大脳皮質の多領野間情報動態・並列処理における前障の機能解明に挑んだ。 2019年度においては、光遺伝学と組み合わせたin vitro及びin vivo電気生理学実験を主に行った。まず前障ニューロンにチャネルロドプシン(ChR2)をCre依存的に発現させ、スライス標本において大脳皮質のニューロンからパッチクランプ記録を行った。その結果、前障ニューロンの光刺激によって、大脳皮質の抑制性ニューロンが選択的に発火することを見出した。次にin vivoのマウスにおいて前障ニューロンの活動が、大脳皮質の徐波活動と相関することを見出した。さらに、ChR2を発現させた前障ニューロンを光刺激によって興奮させると、大脳皮質抑制性ニューロンの同期的発火が起こり、その後、約150 msecにわたって広汎な皮質領域における神経活動の静止状態(Down State)が誘導されることを見出した。以上の結果から、前障は大脳皮質の抑制性ニューロンを介して、皮質の広汎な領域における徐波活動を制御することで、皮質全体の同期的神経活動の誘導、特定の突出した感覚入力への注意の割り当て、あるいは意識レベルの調節などに関与する可能性が示唆された。 以上の結果を論文にまとめ、Nature Neuroscience誌に採択された。
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