研究領域 | 光合成分子機構の学理解明と時空間制御による革新的光ー物質変換系の創製 |
研究課題/領域番号 |
18H05161
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
林 重彦 京都大学, 理学研究科, 教授 (70402758)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 光合成タンパク質 / 分子シミュレーション / 量子化学計算 / 分子動力学シミュレーション |
研究実績の概要 |
本年度は、酸化・還元、及び光受容タンパク質の機能活性化機構に関する分子シミュレーション手法を開発し、光合成系II(PSII)の酸化状態生成に関する理論的研究を行った。我々が開発したQM/MM 自由エネルギー構造最適化法である QM/MM RWFE-SCF 法を用いて、光励起や電子移動による反応活性部位の複雑な電子状態・構造遷移を非経験的量子化学(QM)法に基づきパラメータフリーで精度良く記述し、更にそれに相関するタンパク質の大域的な構造変化を長時間の分子動力学(MD)法により記述することにより、分子機能活性化に関する電子状態と分子ダイナミクスの統一的な理論的解析を行った。以下に、研究成果の詳細を述べる。 1. Cytochrome c(cyt c)の非経験的酸化・還元電位計算 酸化・還元に伴うヘム分子の配位構造やエネルギー変化を非経験的 QM 法で記述し、同時にタンパク質環境の再配向を長時間 MD シミュレーションで記述することにより、酸化・還元電位をパラメータフリーで高精度に求めることに成功した。 2. PSII のプロトン化状態の同定 PSIIがチラコイド膜を形成する糖脂質膜環境に埋め込まれたシミュレーション系を構築し、マンガンクラスターを中心とする反応活性部位を非経験的 QM 領域とした QM/MM 自由エネルギー構造最適化計算を行い、S1 及び S2 状態の 6 個の酸化/プロトン化状態モデルに対して酸化エネルギー及びプロトン化エネルギーをパラメータフリーで直接計算することにより、プロトン化状態の同定に成功した。 3. チャネルロドプシン(ChR)光受容体の光活性化状態のモデリング QM/MM 自由エネルギー構造最適化計算により、発色団分子の光化学反応により活性化されたタンパク質中間状態構造のモデリングを行い、類縁タンパク質とは大きく異なる光活性化機構を明らかにした。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
申請書に記載の計画に対して、おおむね順調な成果が得られている。PSII のプロトン化状態の同定や酸化光サイクルの解析に必要である酸化/プロトン化エネルギー計算や活性状態の化学的変化によるタンパク質の大域的な構造変化を解析する理論的手法の開発を、cyt c や ChR タンパク質の機能活性化を題材にして行い、良好な結果を得ることができた。実際に、それに基づき、PSII の S1 及び S2 状態の 6 個の酸化/プロトン化状態モデルに対して自由エネルギー最適化、及び酸化/プロトン化エネルギー計算に成功し、プロトン化状態の同定に成功している。その結果、従来法では見られなかったプロトン化状態に依存した活性中心構造の大きな変化を見出し、加えて、プロトン化状態の正確な同定により、副生成物反応の抑制に関する分子機構が明らかになるなどの顕著な成果も得られている。
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今後の研究の推進方策 |
まず、PSII の S1 及び S2 状態の酸化/プロトン化エネルギーを決定する分子論的要因の解析を進める。エネルギーの種類による分割や残基分割を通して、機能に大きく関わるアミノ酸や水分子を同定する。これらの解析手法は、cyt c に関する研究で開発済みである。更に、同定されたプロトン化状態を出発点として S2 - S3 状態遷移過程を解析する。実験的には、まず TyrZ の酸化に伴い水素結合ネットワークの構造変化が引き起こされ、マンガンクラスターから TyrZ への電子移動と相関してプロトンの放出、及び近傍水分子のマンガンクラスターへの挿入が起こると示唆されている。そこで、TyrZ が酸化した状態における活性中心部位の構造を QM/MM 自由エネルギー構造最適化計算により決定し解析を行う。更に、その状態から S3 状態の電子・プロトン配置をモデリングし、活性部位の構造変化の解析、及び酸化/プロトン化エネルギー計算を行うことにより、S3 状態生成の分子機構を明らかにする。更に、S1 状態で同定されたプロトン化状態を出発点として、S0 状態のプロトン化状態を明らかにする。S0 状態では、複数のプロトン化部位が提案されている。そこで、それらのプロトン化構造に対して QM/MM 自由エネルギー構造最適化計算を行い酸化/プロトン化エネルギーを計算することにより、プロトン化状態を決定する。
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