研究実績の概要 |
天然の光合成では、Photosystem IIに存在するマンガンとカルシウム、酸素から構成されるクラスターが水の酸化反応を触媒している。近年、Photosystem IIの高精度の結晶構造解析が報告され、このマンガンクラスターが近傍に存在するチロシン残基と水素結合していることが明らかにされた。チロシン残基のフェノールは、光増感の役割をしているクロロフィルP640とマンガンクラスターとの間の電子移動に重要な役割をしている。本研究では、この天然光合成におけるチロシン残基がマンガンクラスターの酸素発生触媒活性の向上に関わっているとの予想に基づき、人工的な水の酸化触媒であるルテニウム錯体にフェノール基を導入した新規錯体触媒[Ru(OH2)(bpy)(thaq)]2+ (bpy = 2,2'-ビピリジン、thaq = 1,8-(2,4-ジ-tert-ブチルヒドロキシフェニル)アントラキノン)を合成した。平衡電極電位近傍での電気化学的な水の酸化反応を実現すると共に、水の酸化反応におけるフェノール部位の役割を明らかにすることを目的とする。本反応系におけるフェノール部位の役割を解明することは、天然の光合成の反応機構解明にも寄与するものと考えている。[Ru(OH2)(bpy)(thaq)](PF6)2を電極上に塗布して作成した修飾電極を用いて電気化学的な水の酸化反応について検討を行ったところ、フェノール部位を持たない錯体触媒に比べて、150 mV小さい過電圧で3.5倍の反応速度を達成した。水溶性の向上を目指し、bpy上にカルボキシ基を導入した水溶性錯体触媒を合成した。10%のトルフルオロエタノールと水の混合溶液中でのCVから、[Ru(OH2)(bpy)(thaq)]2+と同等の触媒活性を示すことがわかった。また、ESR測定により重要な中間体であるフェノキシルラジカル種の生成を確認した。
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