公募研究
新人の分布がアフリカからユーラシアへ拡散したのは約5万年前~4万年前とされ、アラビア半島からシベリア低地南部を経由しバイカル湖に至る北ルートは、新人の主要な移動経路のひとつと考えられている。この時代は最終氷期(おおよそ7万年前~1万年前)と呼ばれ、ユーラシア内陸は寒冷で乾燥化した環境が続いていたことが古植生や古環境記録の証拠や気候モデル実験から示されている。一方で、最終氷期における北半球の気候変動は、数年間で約10度の急激な温暖化が数百年~数千年の間隔で繰り返してきたことが、グリーンランド氷床コアや北大西洋の深海堆積物コアの記録から報告されてきた。ユーラシア内陸は偏西風影響下にあり、この地域の降水は、北極海や北大西洋から運搬される。このため、北大西洋地域の急激な気候変動の影響は、ユーラシア内陸に及んでいたことが示唆されるが、数百年~数千年規模変動に対応した環境復元研究はこれまで困難であった。その主な理由は、最終氷期の乾燥化で現存する湖沼の多くが干上がり、生物生産も乏しいことにある。このため、信頼性の高い環境代替指標と連続した堆積物の確保が課題となっていた。応募者はこれまでに、バイカル湖地域やモンゴル北西部の湖沼堆積物を用いて、最終氷期最盛期(約2万年前)から完新世における古環境変動解析を行い、乾燥湿潤変動の有力な指標を確立してきた。本研究課題では、この最新の指標を、これまでに確保されてきたバイカル湖やモンゴル北西部の湖沼堆積物コアに適用し、過去10万年間の古気候復元を行い、気候と新人の移動定住の関係を評価することを目的としている。本年度は、モンゴル北西部の湖沼堆積物の分析から最終退氷期の2回の温暖期に対応した永久凍土の大規模融解の記録を報告した。さらに、トランスバイカルやアムール流域の遺跡年代との対応性を示し、気候変動が新人の行動範囲に影響を及ぼしてきた可能性を報告した。
2: おおむね順調に進展している
本研究は、新人がユーラシアを拡散移動した最終氷期の北ルートにあたるモンゴルやバイカル湖周辺を対象とし、堆積物を用いた環境変動復元を行うことを目的としている。本年度は、モンゴル北西部フブスグル湖の堆積物を用いた環境変動解析によって、硫黄濃集層と硫黄同位体の正異常が永久凍土の融解指標となることを示し、最終退氷期(15~0.8 ka)におけるベーリング・アレード温暖期(13.7 ka)とプレボリアル温暖期(11.0 ka)の2回の温暖期に対応する時期に、顕著なシベリア永久凍土の融解とそれに伴う植生の回復が認められた。トランスバイカルやアムール流域の考古遺跡年代は2回の温暖期に対比することから、新人の定住と移動は、土壌・植生と共に、数百年~数千年規模の急激な気候変動に支配された可能性が示唆された。これと並行して、バイカル湖の湖底堆積物について、北部と南部の2本コアの生物起源シリカとウランの定量分析を進めた。北部コアは層厚2~5 cm間隔(500~1000年相当)で、南部コアは層厚1~2 cm間隔(150~300年相当)で分取されており、本年度は北部コアの過去10万年間の全堆積物試料の分析が終了した。その結果、バイカル湖集水域域が湿潤化したことを示すウラン濃度の増加が間氷期(MIS 1, 3, 5)で認められた。一方で、数百年~数千年規模スケールの変動は認められなかった。そこで、南部コアについては、北部コアの時間分解能の補間を目的とし、表層から順番に保存される全試料を埋めるように進めており、過去約17 kaまで終了した。予察的な結果では、最終退氷期の急激な気候変化に対応する生物起源シリカ濃度の変動を確認している。
バイカル湖の北部堆積物を用いた古環境変動解析研究については、生物起源シリカ含有量とウラン含有量の記録の年代軸を確立させて、バイカル湖北部地域の相対的な気温変動と乾燥湿潤変動を復元する。これと並行して、モンゴル北西部のダラハド盆地とフブスグル湖の堆積物コア記録の年代軸を整備させ、この地域の乾燥湿潤変動と、バイカル湖北部と南部地域の古環境変動記録を時間軸上で対比できるようにする。バイカル湖南部地域の古環境変動記録は、北部地域と同様にバイカル湖の南部堆積物中の生物起源シリカ含有量とウラン含有量の定量分析を通じて復元される。この研究については、当初は今年度中に過去10万年間分の全試料の分析を終了させる予定であった。しかし、新型コロナウイルス感染症に対する緊急事態宣言による研究活動の制限が4月以降に生じた。5月下旬から徐々に再開させている状況にある。今後も研究活動の制限の中で実施することが予想されるため、現段階では当初予定の全試料分析が困難であると見なされる。そこで、まずは新人の分布がアフリカからユーラシアへ拡散したとされる約5万年前まで遡ることを目標として進める。また、研究を進める中で、時間的に約5万年前までの全試料の分析が困難な場合は、2~3試料おきに分析を行い、その結果をもとに重要な層準を重点的に分析して対処する。また、南部堆積物の年代軸に関しては、これまでの年代測定データが不足しているため、新たに10試料ほどの測定を予定している。今年度は、新規の実験分析作業が制限されることが予想される。このため、先に述べたように、既に確保したデータ整理や解析に重点を置く必要がある。また、当該地域の考古学研究の文献資料の分析を充実させて、最終氷期における新人の移動定住と気候変動の関連性を分析する。
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