次世代シークエンサー(NGS)の登場以来、最近10年あまりで、古代ゲノム解析は人類進化研究にとって重要な発見を次々に提供している。ネアンデルタール人のゲノム解析は、現生人類(ヒト)とネアンデルタール人の交雑の証拠を示し、アルタイ山脈の洞窟で見つかった小指の骨からのゲノム情報は、現生人類でもネアンデルタール人でもないデニソワ人の存在を示した。古代型人類のゲノム解析だけでなく、現生人類の古い骨からゲノム情報が得られ、出アフリカ以降のヒトの移住や交雑の集団史が詳細に議論されている。 日本列島は温暖湿潤で、しかも酸性土壌のため、死後、土中の人骨にDNAが残りにくい。こうした自然の悪条件もあり、本邦の古代ゲノム学は残念ながら欧米に大きく遅れをとった。しかし、私達の研究グループは、2018年に伊川津縄文人(IK002)のドラフト全ゲノム配列(1.85xカバレジ)を発表し、続いて2020年に、さらにIK002ドラフト全ゲノム配列の詳細な解析を論文としてまとめた。この解析結果から、IK002の祖先系統は、東アジア人の祖先が東南アジア人の祖先と分岐した直後に分岐した非常に古い系統であり、ヒマラヤ山脈以北を通って東ユーラシアにやって来た系統の遺伝子流動の影響はほとんど無かったことが明らかになった。 さらに私たちは、これまで培ってきた古代ゲノム解析の技術を応用し、糞石(糞便の化石)や古代土壌のゲノム解析の技術開発を進めている。チベットで発見された古代型人類と思われる骨にはDNAが残存していなかった。しかし、この標本が発見された洞窟の土壌に含まれる古代DNAを分析し、デニソヴァ人のmtDNAが、複数の地層から検出された。古代環境DNAは、糞石ゲノム解析とほとんど同じ技術で分析できる。人骨が残りにくい酸性土壌の日本列島では、古代土壌ゲノム解析は非常に有効であることが期待できる。
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