研究領域 | 特異構造の結晶科学:完全性と不完全性の協奏で拓く新機能エレクトロニクス |
研究課題/領域番号 |
19H04554
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研究機関 | 国立研究開発法人物質・材料研究機構 |
研究代表者 |
小林 由佳 国立研究開発法人物質・材料研究機構, 機能性材料研究拠点, 主幹研究員 (80334316)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | プロトン欠陥 / 有機導体 |
研究実績の概要 |
有機物は無機物と異なり、安定な独立分子が結晶内で弱い分子間力のみで成り立つため、分子中の一部が欠損したような類の欠陥構造は一般に作りにくい状況にある。故に、これまで欠陥を「安定」かつ「定量的」に結晶内に取り込むことは合成的に難しいものであった。このように、確立した合成法が存在しなかったため、欠陥の存在が有機物性に与える影響はほとんど注目されて来なかっただけでなく、欠陥を完全に排除した完全結晶の電子物性のみに価値があると信じられてきた。本研究では、プロトン欠陥を水素結合ネットワーク内に埋め込むことより、化学的に安定にキャリア発生した新しいタイプの有機伝導体の電子物性及び光学特性を明らかにすることを目的とした.分子内水素結合内に1つのプロトン欠陥を有する単一成分純有機金属である拡張型テトラチアフルバレンジカルボン酸 (TED)の単結晶育成を試み、今年度の繰越金によって購入した液体ヘリウムにより、複数種のサンプルについて低温物性測定を行った。その結果、単結晶の抵抗値には大きなばらつきが見られた。その大きさは最大で20倍も差があり、より詳細なる物性測定(抵抗値温度依存性測定)を行った。また、併せて物性測定を行った同一のサンプルを用いて単結晶構造解析を行ったところ、異なる種、異なる割合で結晶溶媒が混入していることが分かった。メカニズムに関する更に詳しい理解を得る目的で、ラマン分光分析を行うための準備を行った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
これまでに合成の実績があり、4端子法の電気伝導度測定が可能なサイズに単結晶成長が可能な プロトン欠陥有機半導体、テトラチアフルバレンカルボン酸アニリン塩や単一成分純有機金属を始めとして、数種の単結晶を調整することに成功した。また、 それぞれの単結晶について、個別に光電子分光スペクトル (XPS)により、アミン上の窒素原子の 内殻準位における結合エネルギーを測定し、そのピーク面積からプロトン欠陥量を定量的に見積もる解析も順調に行うことができている。 これらの結晶について単結晶構造解析を行った。そのうち、 単一成分純有機金属TEDの構造解析については、10種ほどの単結晶サンプルの構造解析を行い、サンプルによって異なる種、異なる割合で溶媒が混入している事実を突き止めた。また、これらの結晶間では、内部に存在する空隙率が異なることが明らかとなっている。 さらに、有機半導体および単一成分純有機金属単結晶にミクロンスケールの金ワイヤー4端子を金ペーストにより顕微鏡下、人力で装着し、室温から低温2Kに至る電気伝導度測定を行った。また、これらのサンプルに光照射下で、抵抗値測定を行った。半導体については当初の予測通りの結果となったが、単一成分純有機金属については、予想の範囲を超える結果が得られていたため、それを明らかにするために、これらのサンプルの光学特性をUV-Vis-NIR分光分析およびラマン分光分析を行った。これらから、予想外の結果を迎えつつも、特異構造に起因した新しい結果が得られているため、進捗状況は概ね順調と判断できる。
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今後の研究の推進方策 |
これまでに得られたプロトン欠陥有機半導体および有機金属の電子・光学物性は、電気伝導度、磁化率、磁気抵抗について検討する。フォトン照射は、フォトン照射 量を固定して、室温から 2 K までの温度変化について検討する。ここで期待することは、フォト ン照射により電子状態が大きく変化して、相転移を起こす可能性である。特に、光照射で構造的な変化が誘起されれば、伝導性、磁性ともに相転移を起こす可能性は十分に考えられる。このような例は多くはないものの、これまでに報告例がある。しかしながら、欠陥構造が関わる光誘起相転移については例がなく、本研究にて見出すことができれば、貴重な報告となる。 物性創出について、欠陥構造がどのように関与しているか検討する目的で、プロトン欠陥サイト を形成する第 1 級アミノ化合物の窒素原子 14N を 15N に同位体置換したもの、また、欠陥サイトに 関わる水素結合性プロトンを重水素置換したサンプルを調整して、同様に物性測定を行い、結果を比較する。ここから、プロトン欠陥サイトが支配的にフォノン照射に対する物性に効いている のか追跡する。 さらに、フォトン照射によって引き起こされる物性変化のメカニズムについて検討するために、 フォトン照射の有無双方についての、1)ホール効果(キャリア濃度や移動度)、2)ラマン分光分析 3) XPS 4)構造解析 5) 光学吸収特性 についてデータを収集、精査し、物性発現の総合的に判断する。また、光学特性を定量的に理解するため、結晶構造に基づいた第一原理バンド計算を行う。
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