Jacobsen触媒に代表される不斉マンガンサレン錯体は、優れた不斉エポキシ化触媒として知られている。サレン配位子は一般に平面構造をたるため、それらがどのような機構で不斉誘導しているか明らかでない。我々のこれまでの研究から、マンガン4価に配位する軸位に配位する配位子の電子的効果により平面方向のサレン配位子が不斉構造に構造変化を起こすことを見いだした。この錯体の配位子場を包括的に検討することで、不斉構造変化の機構の解明を目指した。Jacobsen配位子のパラ位のtBu基を電子吸引性度の異なる塩素原子、臭素原子、メソキシ置換基に置換し、平面方向からの電子供与性を変化させた。これらの配位子を用いてジクロロマンガン4価サレン錯体を合成した。合成した錯体の分光学的性質や構造の研究を行った。吸収スペクトルでは、CTバンドの変化以外の特異な変化は観測されなかった。一方、航続解析から興味深い結果が得られた。メソキシ基やtBu基をもつ錯体はほとんど平面構造をとるのに対して、塩素体、臭素体の構造は配位子のフェニル環が上下に回転した不斉構造をとることが明らかとなった。この結果は、錯体の不斉構造変化は、軸配位子だけでなくサレン配位子の電子的効果によっても誘導できることを示した。さらに溶液中での不斉構造変化を調べるため、CDスペクトルの測定を行った。その結果、結晶中塩素体や臭素体で見られた不斉構造が、溶液中では見られないことが明らかとなった。以上の結果より、Jacobsen触媒では高原子価オキソ錯体を生成することで、軸位からの強い電子的効果が作用し不斉構造が誘起され不斉エポキシ化が可能となっているという機構を実験的に提唱することができた。
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