研究領域 | 生物合成系の再設計による複雑骨格機能分子の革新的創成科学 |
研究課題/領域番号 |
19H04634
|
研究機関 | 北海道大学 |
研究代表者 |
尾瀬 農之 北海道大学, 先端生命科学研究院, 准教授 (80380525)
|
研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2021-03-31
|
キーワード | ポリエーテル天然物 / 結晶解析 / NMR |
研究実績の概要 |
天然に存在するポリエーテル化合物は,多様かつ強力な生物活性を示し,産業応用や細胞生物学への利用が多く見られる。これらのポリエーテル化合物は、テトラヒドロフラン環やテトラヒドロピラン環が多くの不斉点を介し連結されており,構造多様性はエーテル環の数や順序,大きさが決定している。ポリエーテル骨格の構築機構は,有機化学反応的には鎖状ポリオレフィン前駆体がエポキシ化され,引き続き位置選択的なエポキシド開環反応によりポリエーテル骨格が連鎖的に構築される。エーテル環化を触媒する環化酵素ホモログの活性部位には2つのカルボキシ基側鎖があり,それぞれ塩基,酸として働く。monensin生産菌である放線菌には環化酵素候補が2つ(MonBIおよびMonBII)存在した。これまでの私達の研究では,3回のエポキシド開環を経るmonensin環化反応は,全てMonBIIの活性部位でおこなわれる。しかしながら,MonBIが無いとMonBIIは活性を示さない。この現象は分子レベルでどのような背景により起こっているか,また,なぜこのような仕掛けが必要なのかは,長い間謎であった。これまで本研究により,X線とNMRを組み合わせ,大きな基質を収容するための長大ポケットを持ち,かつ反応過程に応じて形が異なる基質を認識するMonBIIは,単独で立体構造を形成できない蛋白質であることがわかった。これらの結果から,「単独では構造を形成しない活性担当分子MonBII型酵素の構造を,活性は持たないが強固な構造を持つMonBI型分子が隣で骨格として補強する」いう新奇ペア型酵素の存在を提唱するに至った。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
アナログ体を使用した活性測定からは,全てのエーテル環化反応をMonBII活性部位がおこなっている。3回の環化反応における基質構造は異なるため,MonBII活性部位の構造はそれぞれの基質に対応して最適な配置を取る必要がある。「ペア型酵素」システムは,複数の基質構造に適合することができる可塑性をMonBIIに与えていると考えている。すなわち,複数個の基質アナログ或いは反応中間体とMonBIIを複合体構造解析できれば,構造の違いからMonBIIのカメレオン的可塑性を評価できる。結晶化能力が高い一本鎖MonBI-IIとアナログ体を混合し,共結晶化に使用した。アナログ体と共結晶化を試みたものは,生成物がMonBIIの活性部位に結合した状態で構造解析できた。 溶液中でランダム構造状態のMonBII分子にMonBI分子を加えると,構造形成する様子を観測することを試みた。本過程の観測に最適な手法は溶液NMRであると考え,これまで, 15Nで標識したA. MonBI(単量体),B. MonBIIのみ,C. 一本鎖MonBI-MonBII, D. MonBIIに非標識のMonBIを加えたものの4種に関し1H-15N HSQCを測定した。AやCのシグナルはよく分散しており,結晶構造同様,明確な立体構造を形成していると考えられる。Aは,溶液中でMonBIが単量体として存在できるものである。したがって,Cで得られるピークのうち,Aで得られるピークが同位置にくるものは,MonBI由来である。また,Bの結果,MonBII単独では,立体構造を形成していないことが明らかである。ここに非標識のMonBIを加えると,蛋白質フォールドを示すピークが20 - 30個程度出現した。
|
今後の研究の推進方策 |
非ラベル化MonBIと15Nラベル体MonBIIを混合して測定したNMRスペクトルを用いて,MonBIIの構造解析がおこなえれば,「ペア型仮説」を担う蛋白質機能の証明が可能となる。しかし,混合体からのシグナルは弱い。そこで,私が人工的に作製した一本鎖MonBI-IIを使用する。一本鎖MonBI-IIにおいても,302残基からなる蛋白質であるためシグナルのオーバーラップや減衰により,蛋白質NMRの解析としては難易度が高い。そのため,一本鎖MonBI-IIのうち,MonBIIのみに15Nラベルを導入する。一本鎖MonBI-(ラベル化)IIを使用し,HSQCの主鎖帰属をおこない,また,混合体のHSQCとピーク位置が同じであれば,混合体のMonBIIは結晶構造で見られた構造を形成していることを証明できる。すなわち,MonBIIはMonBI(シャペロン)存在下でのみ,構造を形成する直接的な証拠となる。シグナル強度が弱ければ,重水を用いた培地・精製緩衝液を使用し,さらに2Hを導入してS/Nを上げる。 天然の生産菌が持つMonBIの活性残基相当アミノ酸を置換した変異MonBIに置き換え,生産菌におけるmonensin生合成活性を評価する。もし,生産菌において変異型MonBIと野生型MonBIIの組合せでmonensinの生合成が確認できれば,MonBIの役割はシャペロンのみであると断言できる。Cre-loxP部位特異的組換え法により,一旦in-frameでMonBI遺伝子を欠失させ,相補となる変異体MonBI (E64A)を導入する実験を開始した。 生産放線菌において一本鎖MonBI-MonBIIを導入すれば,monensin生産能が大幅に上昇すると考えた。同様に,Cre-loxP部位特異的組換え法により一本鎖MonBI-MonBII遺伝子を導入し,生産能を検証する。
|