研究領域 | 生物合成系の再設計による複雑骨格機能分子の革新的創成科学 |
研究課題/領域番号 |
19H04644
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
丸山 潤一 東京大学, 大学院農学生命科学研究科(農学部), 特任准教授 (00431833)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 麹菌 / ゲノム編集 / 2次代謝 |
研究実績の概要 |
麹菌は日本の醸造産業のみならず、異種タンパク質生産に利用される産業的に有用な糸状菌であり、近年は天然物の異種生産による生合成研究に使用されている。研究代表者らは、麹菌で確立したゲノム編集技術CRISPR/Cas9システムを発展させ、天然物異種生産のための高効率な多重遺伝子改変技術を開発した。本研究では、CRISPR/Cas9システムを活用して天然物を高生産する麹菌を育種する。代謝経路の大規模改変による天然物の高生産を行い、また、糸状菌の分化と2次代謝との関連に着目し、分化制御転写因子から天然物の生産性向上に有用な転写因子を明らかにする。さらに、ゲノム編集を利用した麹菌全遺伝子に対する変異導入により、高生産に関与する遺伝子を探索する。以上の知見を1つの株に集約し、「稀少なものを大量につくる」天然物高生産麹菌を開発して、生合成研究の効率化や医薬などを大量供給するプラットフォームを構築することを目的とする。 2019年度は、担子菌由来の抗細菌活性をもつジテルペンpleuromutilin異種天然物生産のモデルとして、7つの生合成遺伝子すべてが導入された株の効率的な取得に成功した。取得された生産株を用いて、生産性向上のための代謝経路の遺伝子改変を行った。pleuromutilin合成につながるアセチルCoAの供給やエルゴステロール生合成経路について代謝遺伝子の多重改変を行った結果、4.8倍の生産量増加が見られた。以上の結果から、ゲノム編集を利用した効率的な遺伝子導入や遺伝子破壊により、麹菌における異種天然物の生産性向上に成功した。多重代謝改変による異種天然物高生産は糸状菌において初めての成果であり、次年度においてもさらなる生産性向上が期待される。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
研究代表者らは、麹菌においてゲノム編集用プラスミドのリサイクリング技術を開発し、高効率の遺伝子破壊や遺伝子導入を無限に繰り返すことをできるようにした。これにより、生産させたい異種天然物の生合成遺伝子をゲノムに導入したうえで、形質転換マーカーの数を気にすることなく、無制限の遺伝子改変を原理的に可能とした。 これまでに、異種二次代謝産物生産のモデルとして、7つの生合成遺伝子によって合成される担子菌由来の抗細菌活性をもつジテルペンpleuromutilinの生産を行った。ゲノム編集技術であるCRISPR/Cas9システムを利用した結果、1回の形質転換で7つの生合成遺伝子すべてが導入された株の効率的な取得に成功している。 2020年度は、pleuromutilin生産株を用い、異種天然物生合成につながる代謝経路について多重遺伝子改変を行った。メバロン酸経路の主要な酵素であり、麹菌では5 個存在するHMG-CoA レダクターゼ(HMGR)遺伝子について過剰発現を行った。真核生物で広く保存されている遺伝子Aohmg1は、フィードバック制御を解除するために膜貫通領域を除去しての過剰発現、他のHMGR遺伝子のうちの 1 個との二重過剰発現によって生産量が 2.3 倍まで増加した。また、上流のアセチルCoAの供給量を増やすためにアルコールデヒドロゲナーゼ遺伝子の破壊を組み合わせて3.0倍、さらにHMGR遺伝子のコピー数を増加させることで生産量が4.8倍まで増加した。 以上の結果から、ゲノム編集を利用した効率的な遺伝子導入や遺伝子破壊により、麹菌における異種天然物の生産性向上に成功した。多重代謝改変による異種天然物高生産は糸状菌において初めての成果であり、次年度においてもさらなる生産性向上が期待される。
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今後の研究の推進方策 |
2020年度は、麹菌におけるゲノム編集技術を用いた代謝経路の大規模改変による天然物高生産を行う。ゲノム編集プラスミドのリサイクリングによって遺伝子破壊や遺伝子導入を無限に繰り返し、代謝経路の大規模改変を行うことで麹菌における異種天然物の高生産株を開発する。これまでに、異種天然物のモデルとして糸状菌由来テルペンを指標に用い、代謝経路の遺伝子の多重改変によって生産量を4.8倍増加することに成功した。2020年度は代謝経路の多重改変を継続して、さらなる高生産を示す株を取得する。 また、異種天然物の高生産に影響する遺伝子の探索を行う。その1つは、糸状菌の分化制御転写因子から異種天然物の高生産に影響するものを探索する。研究代表者らはこれまでに麹菌の分化(菌核形成)に関与する転写因子を多数同定している。2019年度は天然物異種生産株において、見いだした分化制御転写因子の欠損もしくは過剰発現を行っており、2020年度は生産量への影響を解析する。 異種天然物の高生産に影響する遺伝子の探索を目的として、それとは別にゲノム編集を利用した麹菌全遺伝子を標的とする天然物高生産変異のスクリーニングを行う。2019年度は、麹菌が有する約12,000 個の全遺伝子配列に対し、CRISPR/Cas9システムの標的となる20塩基をデザインした。2020年度は、天然物異種生産株に対しゲノム編集を利用した麹菌全遺伝子変異導入ライブラリーを導入する。異種天然物のレポーターとして抗菌物質のテルペン・ポリケタイドを用い、麹菌のコロニー周辺の細菌または酵母の生育阻止円によるハロアッセイで生産性を評価して、高生産変異株のスクリーニングを行う。取得した株のシーケンスにより導入された変異を特定して、天然物高生産に関与する遺伝子の同定を試みる。 以上の知見を1つの株に集約して、異種天然物を大量に生産して供給可能な麹菌を開発する。
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