研究領域 | 複合アニオン化合物の創製と新機能 |
研究課題/領域番号 |
19H04688
|
研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
平井 大悟郎 東京大学, 物性研究所, 助教 (80734780)
|
研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2021-03-31
|
キーワード | 複合アニオン / 酸塩化物 / 光学応答 / 多色性 / 量子磁性 / 遷移金属 / 次元低下 / 反転対称性 |
研究実績の概要 |
複数の異なる種類の陰イオン(アニオン)を含む遷移金属化合物では、遷移金属に複数種のアニオンが結合することで、反転対称性の破れる可能性が高くなる。このため、多くの場合、反転対称性によって光吸収が禁止される従来の単アニオン化合物と比べて、複合アニオン化合物は光に対する応答が強いと考えられる。遷移金属に結合するアニオンを選択し、積極的に結合の仕方を制御することで、革新的な光機能の実現が期待できる。また、結合したアニオンによって作られる複合アニオンにユニークな電子の軌道状態を利用して、単アニオン化合物では実現できない磁性や伝導性が発現すると考えられる。本研究では、モデル物質に対して系統的かつ集中的に化学修飾と物性測定を行うことで、物性発現の機構を解明し、結合の積極的な制御による光機能・電子物性の設計指針を確立することを目的としている。 2019年度は、申請者らが発見した、偏光に応じて光の吸収波長が変化する複合アニオン化合物Ca3ReO5Cl2 をモデル物質として、化学修飾による新規化合物の合成とその物性評価を行った。この結果、CaサイトまたはClサイトに化学置換した新規化合物の合成に成功した。Caサイトへの置換では、イオンサイズの大きなSrやBaイオンを置換することで、結晶格子が広がり、電子軌道の間隔が系統的に狭くなった。この結果、光の吸収波長は低エネルギー側へシフトし、結晶の色も黄色から赤色へと変化した。これに対して、遷移金属に直接結合するClサイトをBrで置換すると、特定の軌道のみエネルギー準位が変化した。これらの結果は、遷移金属とまわりに結合するアニオンとの電子反発を考慮すると理解できる。今後、Ca3ReO5Cl2とは配位の異なる複合アニオン化合物の合成・評価を行い、反転対称性の有無が物性に与える影響について検証する。また、選択的な化学置換により物性の制御を試みる。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究では、複合アニオン化合物のユニーク結合に着目し、結合を積極的に制御することで光機能や電子物性を設計することを目標としている。2019年度は、多色性という特異な光特性をもつ複合アニオン化合物Ca3ReO5Cl2 をモデル物質として、化学修飾による光機能の制御とその検証を最も重要な課題として位置付けていた。事前の文献調査により、類縁の化合物が存在することから化学修飾の実現可能性は高いと考えていた。実際、様々な条件での合成を行うことで7つの類縁化合物を新規化合物として合成することに成功した。一方、精密な物性を測定するためにはmmサイズの単結晶を育成する必要があるが、合成した新規化合物のほとんどがCa3ReO5Cl2と同じ方法では単結晶を得ることができなかった。このため、異なる手法を用いた光測定を行うことで、粉末試料を用いて光特性を評価できるようにし、この課題を克服した。結果、化学修飾による軌道状態の変化と光特性の変化を明らかにすることができた。当初の想定通り、CaサイトとClサイトそれぞれに、より大きなイオンを置換することができた結果、結晶構造と物性の系統性が明らかになった。また、合成した試料に対して磁化測定を行うことで、これらの物質で磁性がどのように変化するかも明らかにすることができた。CaサイトをSrやBaで置換した試料は、Caと結晶構造がわずかに異なっており、より理想的な三角格子磁性体となる。結果として、極低温まで磁気秩序を示さないスピンの液体状態が実現していることも明らかになった。このように、当初の計画通りに順調に研究が進められている。
|
今後の研究の推進方策 |
2019年度に行った、モデル複合アニオン化合物Ca3ReO5Cl2に対する化学修飾と物性の評価によって、当初考えていたように、アニオンを選択することで物性を系統的に制御できることが明かになった。しかし、多色性や磁気異方性を評価し、比較するためには単結晶の育成が必要である。2020年度は、既に粉末試料が得られたCa3ReO5Cl2の類縁化合物の単結晶育成に取り組む。異なるフラックスの検討や、化学気相輸送法など異なる単結晶育成法を取り入れることで物性測定可能なサイズの単結晶育成を実現したい。また、2019年度に、Ca3ReO5Cl2が蛍光特性を示す証拠が得られつつある。現在は、Re濃度が高すぎるため濃度消光がおこり、微弱な蛍光しか観測できていない。今後、濃度の最適化を行い蛍光特性の評価にも取り組む。また、2020年度は物質系を広げ、Ca3ReO5Cl2と同様の結合の特徴をもつ遷移金属化合物を対象として物質合成・化学修飾・物性評価を行うこと。これにより、より普遍的な光機能と電子物性の設計指針構築を進める。 これまでに得られた結果は、学術会合での発表や、国際的な科学雑誌への論文投稿を行い、成果を広く発信していく。
|