当該年度では,フラックス法を用いたクロムの酸硫化物系の探索を行った.これまでに1次元構造をもつLaCrOS2が知られており,低温で強磁性を示す.新規な磁気基底状態の発現を期待して,1次元とは異なる次元物質の設計を試みた.多くの反応を試みた結果,黒色の単結晶が得られた.構造解析の結果,単斜晶C2/cのBa9Cr4S19と同定された.酸素と硫黄の複合アニオン系ではなかったが,これまでのCr系硫化物にはない特徴が明らかになった.一つ目はCr中心の八面体4つが互いに直線状に面共有した4量体を形成しており,各4量体はBaとS原子に隔てられた0次元構造をもつ.2つ目は4量体の端の2つの八面体のS原子2つが2硫化物イオン(つまり,(S2)2-)を形成していることである.2硫化物イオンは二元系硫化物や非磁性の硫化物によく観測されるが,クロム硫化物系では今回の例が初めての観測である.Ba-Cr-Sの3元型硫化物では,Ba/Cr原子比の増加とともに次元性が3から1に変化することが報告されているが,本研究で得られた化合物のBa/Cr比は2.25と,過去に報告された一次元構造の範囲内に位置する.それにも関わらず0次元構造が実現した理由として,既知の硫化物系には見られない2硫化物イオンの存在が挙げられる.有機金属分子にみられるように,S原子が二量体化することにより,S原子1個あたりの結合手が硫化物イオン(S2-)よりも減少することが知られている.大きなBa/Cr比と2硫化物イオンの相乗効果が0次元構造クロム硫化物の安定化に寄与したものと推察している.一方,磁気特性については320K付近に反強磁性由来と思われる折れ曲がりが磁化率曲線に見られ,それ以下の温度では特に異常は見られなかった.磁気構造を明らかにするためには中性子回折実験が必要とされるが,見出した反応では試料の収率が低いため改善が必要である.
|