脳梗塞組織においては、脳組織の虚血に伴う大量の脳細胞死(スクラップ)によって強い炎症が引き起こされる。一方で脳組織が損傷すると、失われた脳機能を補うような神経回路の再構築が誘導(ビルド)される。脳梗塞に伴う炎症と修復の分子・細胞メカニズムが明らかになれば、脳卒中に対する有効な治療法の開発につながる。 脳組織は無菌的な臓器であり、脳梗塞に伴う炎症は、大量の脳細胞死が引き金となって脳内に真珠雲した免疫細胞を活性化することで引き起こされる。脳組織に内在する炎症惹起因子を質量分析によって検出し、スクリーニングしたところ、神経細胞に含まれる抗酸化タンパク質であるDJ-1(Park7)を同定することに成功した。DJ-1は、神経細胞の虚血壊死に伴って細胞外に放出され、脳内に浸潤したマクロファージにおけるTLR2、TLR4を活性化して炎症性サイトカインの産生を誘導することが明らかとなった(PLOS Biology 2021)。 脳組織における修復を誘導する内在性の脳内因子をスクリーニングするため、質量分析によるリン脂質代謝物の網羅的解析を実施した。脳梗塞組織において増加する脂質代謝物としてドコサヘキサエン酸やエイコサペント酸のような不飽和脂肪酸の代謝物が脳梗塞発症6日目の修復期において増加していることが判明した。組織中に不飽和脂肪酸を生成する酵素としてホスホリパーゼが知られているが、脳梗塞巣において不飽和脂肪酸やその代謝物を生成させるホスホリパーゼA2サブタイプの同定を進めている。
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