キイロショウジョウバエの同性愛行動突然変異体サトリの雄成虫が示す同性愛行動は、翅化後の一定期間を他の雄と過ごす経験(集団飼育)によって増強され、一匹で過ごす経験(単独飼育)によって抑制される。サトリ変異体の脳に存在する性行動の司令ニューロンP1の膜電流プロファイルが、集団飼育に依存して変化する現象を前年度までに明らかにしていた。今年度は、この現象の背後でイオンチャネルをはじめとする遺伝子の発現にどのような変化が生じるかを明らかにするため、Patch-seq解析を実施した。パッチクランプ法により細胞内電気記録したニューロンの細胞体から細胞内容物をガラス電極中に吸い込んでチューブに回収し、含まれるmRNAから完全長cDNAを合成し、PCRによる増幅後にシングルセル・トランスクリプトーム解析用のライブラリーを作製した。飼育条件が異なる個体から回収したシングルセル36サンプル及び、12細胞をプールした3サンプルよりNGSライブラリーを作製し、RNA-seqにより、飼育環境に依存して発現レベルが変動する差次的発現遺伝子を明らかにした。本研究によって、翅化後の社会経験の作用点となる脳細胞がP1ニューロンであることが解明された。P1に起こる電気的な性質の解析を起点として、経験によって脳に生じる可塑的な変化を分子及び神経細胞レベルで解明し、その変化を人為的に再現あるいは改変することによって、個体の経験を代替、軽減・増強するニューロン操作技術を作出できるものと考えている。
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