研究実績の概要 |
生殖をめぐる多様な現象群の一つに「母性遺伝」がある。母性遺伝とは、葉緑体(cp)やミトコンドリア(mt)が持つ独自のDNA (cp/mtDNA)が母親のみから子孫に伝えられる現象のことであり、多くの場合、雌雄のcp/mtDNAのうち片方のみを排除することで実現するが、そのメカニズムをめぐる議論は未だ決着していない。母性遺伝を含む緑藻クラミドモナスの生殖プログラムは雌雄の配偶子それぞれがもつ転写因子(GSP1-GSM1)が、鍵と鍵穴のようにヘテロ二量体を形成することで開始される。GSP1-GSM1制御下にある遺伝子群の中で、我々は葉緑体核様体タンパク質RecAに注目した。RecAはDNA相同組換えに関わるタンパク質であり、ssDNAに結合して鎖侵入を促進する。RECA欠損株に葉緑体DNAのマーカーを導入し母性遺伝を解析したところ、とくにRECA欠損株を雌として接合させた場合にleakyな父性遺伝が確認された。接合直後の接合子における雄葉緑体核様体の消失はほぼ正常に観察されたことから、雌葉緑体核様体の保護、および雄葉緑体核様体の破壊にRecAが関与する可能性は低い。一方、接合胞子の減数分裂における雌雄のcpDNAの挙動を性特異的qPCR解析により追跡したところ、野生株で観察される雌cpDNAの特異的増幅が、RECA欠損株では観察されなかった。葉緑体において相同組換えは、DNA複製開始機構としても重要と考えられており、RecAを介した相同組換えを起点とする雌cpDNAの優先的複製により、母性遺伝が保障されている可能性が示唆された。また、担子菌類クリプトコッカスをもちいたmtDNA片親遺伝の解析では、片親mtDNAの選択的分解の後、DNAを失ったミトコンドリアがオートファジーにより除去されることが明らかになった(Nishimura et al., Sci. Rep 2020)。
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