研究領域 | 植物新種誕生の原理―生殖過程の鍵と鍵穴の分子実態解明を通じて― |
研究課題/領域番号 |
19H04871
|
研究機関 | 国立遺伝学研究所 |
研究代表者 |
野々村 賢一 国立遺伝学研究所, 遺伝形質研究系, 准教授 (10291890)
|
研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2021-03-31
|
キーワード | 減数分裂 / 植物生殖 / 種間交雑 / 生殖的隔離 / エピジェネティクス |
研究実績の概要 |
本研究では、主に栽培イネとアフリカ野生イネとのF1雑種(SP雑種)の減数分裂で生じる染色体対合不全をモデルケースとして、減数分裂隔離に関する研究を行う。減数分裂隔離のメカニズムが解明できれば、野生種のもつ農業上有用な遺伝子の育種利用が進むと期待される。 昨年度までに、減数分裂周辺の3つの異なる時期(減数分裂前、減数分裂初期、減数分裂後期)のSP雑種の葯を用いたmRNAおよびsmall RNAの次世代シーケンス解析、および発現量バイアス解析ツールHomeoRoqを用いてSP雑種の栽培イネ側あるいは野生イネ側アレルが優先的に転写される遺伝子(種間アレル発現量バイアス遺伝子)を多数検出した。 今年度は、上記のmRNAデータセットを用いて、SP雑種と両親系統との発現量の比較を行った。HomeoRoq解析により分類された5種類のリードから、個々の遺伝子の推定発現量を再構築し、両親種の発現量と比較を行った。その結果、減数分裂の各ステージにおいて、多数の遺伝子が両親と異なる発現量を示した。特に、昨年の解析でアレル発現量バイアスを示すことが明らかとなったBSP1は、有意にSP雑種の減数分裂期に高い発現を示した。その他、減数分裂特異的small RNA経路の活性化に機能することが報告されている転写因子の発現量がSP雑種で高くなっており、それに伴い、同small RNAの前駆体である長鎖noncoding RNAの発現量が減数分裂後期で両親種と比較して高発現していることがわかった。 上記の結果について、定量的realtime PCRによる確認を行なった。その結果、少なくともBSP1について、雑種における発現上昇が再確認された。他の遺伝子については現在確認作業を継続中である。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
ゲノムの倍加は、被子植物の倍数性進化の原動力となる重要な現象である。種間F1雑種は、ゲノム倍加現象の前段階として重要である。種間雑種は、多くの組み合わせで生殖的隔離が生じて不稔となる。中でもゲノム構造の種間多様性に起因する減数分裂異常は、不稔の原因の一つとなる。種間雑種における遺伝子発現動態、および両親種と比較して異なる発現を示す遺伝子を解析する研究は、シロイヌナズナやショウジョウバエなどのモデル生物で実施され、次世代シーケンシングおよび統計的手法を駆使して、雑種における遺伝子発現異常が調節領域の不親和性に起因するなどの報告がある。しかし、その根底にある共通遺伝子・機構の多くは未解明である。 本研究では、倍数性植物の遺伝子発現パターン解析のため開発されたHomeoRoqを種間F1雑種に適用した。倍数性植物および種間雑種では、それらを構成する2つの異なるゲノムからmRNAが必ずしも均等に転写される訳ではない(種間アレル発現量バイアス)。HomeoRoqは元々、倍数性植物の発現量バイアスを網羅的に解析する手法である。本研究では、HomeoRoqで仕分けられた種間雑種由来リードを用いて、同祖遺伝子群のアレルバイアスだけでなく、両親系統との遺伝子発現量の比較を試みた。具体的には、種間雑種由来リードを両親種それぞれのゲノムにマップし、種間共通リード(common reads)、sativa/punctata由来リード(sat-/pun-origin reads)、sativa/punctata特異的リード(sat-/pun-specific reads)の5種類に分類した。それらを再構築して種間雑種の同祖遺伝子の発現量評価に用い、一部はrealtime PCRで結果を再現できた。 従って、上記の手法は種間雑種の遺伝子発現量評価に有効であり、計画は概ね順調に推移していると自負する。
|
今後の研究の推進方策 |
今年度は、HomeoRoqを用いた種間雑種の遺伝子発現量評価を行い、一定の成果を得た。しかし問題点も明らかとなった。発現量評価にsat-/pun-specific readsを加えている点である。発現量評価には、当然ながら両親系統のゲノムそれぞれに種間雑種由来リードをマップする必要がある。sat-specific readsはsativaゲノムをベースとしたマッピングのみで出現し、当然のことながらpun-specific readsは全く現れない。その逆も同様である。発現量の再構築に用いた5種類のリードのうちの1種類、例えばsativaベースマッピングならpun-specific readsは、punctataベースマッピングの結果をsativaベースの結果と無理やり統合する形を取らざるを得ない。得られた仮想発現量を用いた比較解析でも、ある程度の正解を導くことができるのは研究実績の概要で述べた通りである。しかし、この方法は正確性に欠けるため、種間雑種と両親系統の間での発現量の差異が小さい重要な遺伝子を取りこぼす可能性が高い。 そこで現在、異なる手法による種間雑種の遺伝子発現量評価法を検討している。HomeoRoqでは、種間雑種由来リードの両親ゲノムへの振り分けはマッピング行程の後に行なっていた。改良法では、マッピングの際に参照するsativaおよびpunctataの遺伝子領域の設定を見直し、blast検索により両種で相同なエクソン領域のみを抽出した参照遺伝子ファイルを作成する。同ファイルを、種間雑種由来リードおよび両親系統由来リードのマッピングに共通な参照ファイルとして用いることで、より正確な遺伝子発現量比較が可能になるはすである。 今後はHomeoRoqと上記の改良法とを組み合わせ、種間雑種の減数分裂期の葯における遺伝子発現パターン解析に関する論文をまとめる予定である。
|