ヒトにおいては、「思春期」に心身に急激な変化が生じて、主体価値の形成に大きな影響を与えると考えられている。思春期での神経系の異常がその後の精神神経疾患の発症に関与することが明らかになっているが、多くの場合、発症に伴って恐怖などの情動に異常が生じる。マウスにおいても、生殖能力の獲得や内分泌系や神経系の変化などから思春期が存在することが知られている。これまでは情動の中枢として扁桃体が最も重要な脳部位であると考えられてきたが、比較的最近になって、げっ歯類を用いた研究で海馬の腹側部が情動の発現に関与することが明らかになってきた。思春期における海馬の腹側部と背側部の違いが起こる原因を解明し、それが個体レベルでの情動にどのような影響を与えるかを明らかにするために、マウスの海馬スライス標本を用いて、以下の電気生理学的実験を進めた。マウスでは神経系や内分泌系などの変化から5週齢頃が思春期であると考えられているため、思春期前(3-4週齢)、思春期(5週齢)、思春期後(9週齢)のマウスにおいて、海馬スライス標本を用いて、シナプス伝達効率やシナプス前性生理機能、シナプス後性生理機能を電気生理学的に検討した。シナプス伝達特性の各群間の違いを明らかにすることを試みたが、2020年度は、思春期の海馬腹側部でのみ長期増強が減弱するという予備実験の結果を確認するとともに、この減弱に受容体Xが関与することを明らかにすることができた。
|