本研究は、環境(状況・コンテクスト)の変化に応じて、社会的価値志向性に 従う直感的な行動選択を抑制し、柔軟に向社会行動の意思決定を変更させることを可能とする脳 基盤を社会心理学と神経科学の学際的アプローチで明らかにすることを目的とした。しかしながらコロナ禍で、新たなデータの収集が難しい状況となったため、主に既存データを用いて解析を実施した。 児童期(12歳まで)に運動経験を有する人は後年の認知機能が高いことが示されたが、思春期以降の運動経験と認知機能の間に関係は認められなかった。また、児童期の運動経験と認知機能の関係は、脳内ネットワークのモジュール分離、左右半球間の構造的結合の強化、皮質の厚さの増大、神経突起のちらばりと密度の減少によるものであることが示唆された。これらの結果から、環境や経験に依存した脳内ネットワークの形成に敏感な児童期に運動を行うことで、脳内ネットワークの最適化が促され、後年の認知機能の維持・増進につながると考えられた。 また、利他行動のメカニズムを社会心理学的な概念を導入することなく、個人の意思決定の特性を明らかにすることを目的に、強化学習モデルを用いての検討も行った。社会的価値指向性(SVO)を用い、相手の利得に配慮するprosocialと、自身の利得の最大化のみを気にするproselfの社会的意思決定メカニズムを、強化学習モデルを用いて明らかにした。この結果、proselfは、α(学習率=特に直近の報酬の有無に対する感度)が高く、prosocialはγ(割引率=将来の利得への重みづけ)が高かった。これらの結果から、社会的価値志向性(SVO) による個人差はデフォルトの選好だけでなく、いくつかの計算論的メカニズムにも反映されていることが明らかになった。
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