キイロショウジョウバエのfruitless (fru)突然変異体は、雄が他の雄に求愛し、雌には求愛せず不妊となる系統として研究代表者により同定されたものである。その後の研究から、羽化後、fru突然変異体の雄を隔離して育て、他の雄との社会的相互作用を剥奪すると、同性間求愛が抑制されることが明らかとなっている。本研究では、この社会経験による行動変容が、雄個体の性指向性に個性を生み出す要因と捉えて、その神経基盤と分子基盤の解明を進めてきた。雄の求愛行動を起動させる脳のP1ニューロンに照準を合わせ、社会経験の有無によってこのニューロンの電気活動にいかなる違いが生ずるかをin vivo whole cell patch clamp法によって検討したところ、細胞体膜から記録される特定の外向きK+電流が羽化直後のナイーブな雄のP1ニューロンに比べて隔離雄で減少し、集団生活をした雄で増大することが判明した。その分子メカニズムを探るため、fru遺伝子産物であり転写制御因子として機能するFruMの転写標的配列を汎ゲノム的にin silico探索した。その結果、多くの標的候補遺伝子が浮上してきたが、その中には電位依存性K+チャンネルのサブユニットをコードするeagやShがあった。そこで、実際にP1ニューロンにて翻訳中のmRNAを網羅的に同定することが可能なtandemly tagged ribosomal trap (T-TRAP)を構築し解析した結果、K+チャンネルを含め、関与する可能性のある複数の遺伝子を見出した。また、patch-clamp下の単一ニューロンでの転写活性をpatch-seqによりプロファイリングすることにも成功した。
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