公募研究
これまでの多くのシグナル伝達研究においては,特定のタンパク質間の1:1相互作用における特異性の高いクロストークが注目されてきたが,この数年間で流動的な多量体形成,特に液-液相分離によって支配されるシグナル伝達の重要性が認識されつつある.このような,複数分子の集合的挙動によって支配されるシグナル伝達のメカニズム解明のためには数理解析を含めたアプローチが効果的であると考えられるが,数理モデルの基盤となる実験データが圧倒的に不足しているのが現状である.液-液相分離を形成する分子には,low-complexity (LC) ドメインと呼ばれるアミノ酸組成が著しく偏った領域を持つものが多数報告されているが,LCドメインは高次構造を取らず柔軟な状態として存在し,アミロイド様cross-βポリマーを形成することによって多量体化し,相分離する.細胞毒性のあるアミロイド線維とは異なり,LCドメインによるcross-βポリマーは可逆的である.最近の研究によって,LCドメインの多量体化がシャペロンなどの制御因子によって制御されることが明らかにされているが,その詳細なメカニズムはほとんど明らかにされていない.本研究では,LCタンパク質とその制御因子に着目し,LLPSの形成と制御,さらには制御破綻のメカニズムを明らかにすることを目指す.本研究では複数のLCタンパク質や制御因子を対象とするが,これまでに,LCタンパク質 fused in sarcoma(FUS) の液-液相分離形成と,Kapβ2による制御のメカニズムについて,重要な知見が得られつつある.具体的には,NMRを用いた相互作用解析によってKapβ2とFUSの相互作用を検証し,FUSの多量体形成を抑制するメカニズムの一端を明らかにした.
2: おおむね順調に進展している
本研究では液-液相分離の形成と制御のメカニズムを解明することを目指し,第一年度は,LCタンパク質の中でも,特にFUSを対象とした研究により,液-液相分離の形成と制御について本質的なメカニズムを明らかにすることを目指した.具体的には,FUSの多量体化を抑制することによってFUSの液-液相分離を制御するKapβ2に着目し,Kapβ2による相分離制御のメカニズムと,ALS関連遺伝子の産物である毒性ペプチドによるKapβ2の機能阻害のメカニズムの解明に取り組んだ.まず本研究では,Kapβ2のNMR測定のための実験系を確立した.Kapβ2は約100 kDaとNMR測定にとっては高分子量タンパク質であるが,メチル選択的標識試料を調製し,メチルTROSY測定を行うことにより,高分解能なスペクトルデータを取得することに成功した.さらに,Kapβ2のNMR信号の摂動から,FUSや毒性ペプチドとの相互作用を検証した.さらに,光散乱測定や分析ゲルろ過などから,Kapβ2と毒性ペプチドの相互作用について検証を行った.このような物理化学的な実験によって,Kapβ2とFUSまたは毒性ペプチドの相互作用を解析し,Kapβ2によるFUSの相分離制御と,毒性ペプチドによる制御破綻のメカニズムの一端を明らかにした.さらに,他のLCタンパク質に対する研究にも着手し,タンパク質の発現・精製系を確立するとともに,相分離条件の検討,制御因子との相互作用の解析についても進めた.以上のように,本研究は順調に進展している.
今後は,Kapβ2による相分離制御と,毒性ペプチドによる制御破綻のメカニズムについて,立体構造解析などのより詳細な解析を進める.それに加えて,FUSやKapβ2のみならず,他のLCタンパク質や制御因子に着目した研究も進める.これまでに,LCタンパク質および制御因子の発現・精製系の確立を行い,相互作用解析や機能解析に着手している.今後は,相互作用解析や機能解析を進めるとともに,LCタンパク質と制御因子の複合体立体構造解析についても進め,LCタンパク質の相分離制御のメカニズムについて,分子レベルで詳細に明らかにする.塩濃度やpH,タンパク質濃度,温度などを変化させて液-液相分離液滴の形成を光散乱によって評価し,相図を作成する.さらに,LCタンパク質の翻訳後修飾や,核酸などの他の分子などの要素が相分離や制御因子との相互作用に与える影響を検証する.以上のような研究計画によって. LCタンパク質の制御メカニズムを明らかにすることを目指す.
すべて 2020 2019 その他
すべて 国際共同研究 (2件) 雑誌論文 (5件) (うち査読あり 4件、 オープンアクセス 3件) 学会発表 (13件) (うち国際学会 4件、 招待講演 11件) 備考 (1件)
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