研究実績の概要 |
本研究では, シグナル分子特異的に摂動を加えた際の多階層オミクスシグナルネットワークを構築することで, シグナル分子が真に原因となる生命現象を明らかにすることを目指した. 対象のシグナル分子は,我々が光を用いた分子特異的な活性化法の開発に成功しているAKTを選択した. また, シグナル経路としてはAKTが重要な役割を果たすことが知られているインスリンシグナル伝達経路とした. インスリン刺激した場合およびAKT 特異的活性化した場合の多階層オミクスシグナルネットワークを比較することで,AKTの活性が必要なシグナル伝達経路を判別することが可能となる. インスリンは細胞中において代謝応答を引き起こすため, 本研究では特に代謝経路に着目した多階層オミクスシグナルネットワークの比較を行った. 結果, インスリン刺激とAKT特異的な活性化では全体の制御の傾向は類似していた一方,一部の代謝経路に関してはAKT特異的な活性化では惹起されないことが明らかとなった. これらの代謝経路について分子機序の詳細な検討を行ったところ, AKTのみでは活性化しないシグナルタンパク質の存在が差をもたらしていることが明らかとなった. インスリン刺激ではAKT以外にERKなどのシグナル分子も活性化するため, AKTのみの活性化では惹起されなったシグナル経路の活性化機構の詳細な解明を目的としてERKの特異的活性化法を開発した. これらAKTおよびERKの分子特異的な活性化法を併用することで, AKTおよびERKの協調的な作用を再現することが可能となる. さらに, 数理モデルの構築によりAKTおよびERKの活性化量を事前に予測可能とすることで,シグナル分子の自在な活性化動態を制御し詳細な分位機序を解明することが期待される.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
AKTの分子特異的活性化法である光活性化AKTを発現したモデル細胞を確立し, AKT特異的活性化時およびインスリン刺激時のメタボローム, トランスクリプトーム, および代表的なインスリンシグナル分子のリン酸化のデータを取得した. これらデータを用いることでAKT特異的活性化により惹起される多階層オミクスシグナルネットワークの構築を達成した. また, インスリン刺激時のシグナルネットワークとの比較によりAKTが主に作用を担う経路の同定を行った. インスリンの主作用は代謝応答であるため, 代謝経路に関わるシグナル経路活性化の差異を中心に詳細な分子機構の検討を行ったところ, AKT特異的な活性化では惹起されない代謝経路ではAKT以外のシグナルタンパク質の存在がシグナル経路に差をもたらしていることを明らかにした. 以上の解析により当初の目的であったAKTが担う代謝経路の全体像を明らかにすることができた. また, 構築した多階層オミクスシグナルネットワークからインスリンによる代謝応答ではAKT以外のインスリンシグナル分子の寄与も無視できないことが明らかとなった. そこで, AKTと並んでインスリンシグナルにおいて活性化するERKに着目し, ERKの分子特異的活性化法を開発することで, AKTとERKの協調作用を検証できる系を構築することにした. ERKの分子特異的活性化法としてERKの上流キナーゼであるRAFの光活性化系を構築した. この系によりERKの分子特異的な活性化が可能であること, および, 光活性化RAFは光活性化AKTと併用可能であることを確認した. 加えてERKの活性化パターンを自在に制御可能にするため光照射パターンに対するERKの活性化を予測する数理モデルの構築を行った.
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今後の研究の推進方策 |
本研究では, AKT特異的活性化時の多階層オミクスシグナルネットワークを構築し, インスリン刺激との比較からAKTが主に制御する経路, およびAKTのみでは制御されない経路を明らかにした. このうちAKTのみでは制御されない経路に関してはインスリンシグナル伝達活性化の分子機序の観点から解明が望まれる. これら経路の活性化には, 他シグナル分子の関与またはシグナル分子の時間パターン特異的な活性化が必要だと推測された. そこで, 開発したERK特異的な活性化法とAKT特異的な活性化法を組み合わせることで本研究を進める中で明らかとなったAKTのみでは活性化されないシグナル伝達経路の特性を解明する. 分子特異的活性化系を有効に活用するためには, 光照射パターンを変更することでそれぞれの活性量を自在に制御することが必要となる. そこで数理モデルを用いた活性量の予測モデルを構築し, AKTおよびERKの活性量を制御可能とする. この系を用い, インスリンによるAKTおよびERKの時間的活性パターンを模した場合, AKTないしはERKの活性化量の時間変化を一定に固定し他方を時間変動させた場合, 共に一定量の活性化をさせた場合など, 異なる時間パターンで活性化した際のシグナル伝達の活性化動態を分析する. また, 必要に応じてシグナル伝達分子活性化のモデル化を行い, どのようなAKTとERKの時間的活性パターンの組み合わせがシグナル分子の活性化に効果的かなどを検討する. 分子特異的活性化系を用いることでシグナル分子の活性量に対する摂動を比較的容易に加えることができるため, シグナル分子活性化モデルの精細な検証が可能となる. このような数理モデルの構築と分子特異的活性化法を用いたモデルの精査によるシグナル伝達の解析は, シグナル分子制御機構の解明に対する有望なアプローチとなることが期待される.
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