研究領域 | 数理解析に基づく生体シグナル伝達システムの統合的理解 |
研究課題/領域番号 |
19H04956
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研究機関 | 金沢大学 |
研究代表者 |
八杉 徹雄 金沢大学, 新学術創成研究機構, 准教授 (90508110)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | ショウジョウバエ / 視覚系 / 数理モデリング |
研究実績の概要 |
様々な生命現象は多様なシグナル経路の複雑な相互フィードバックにより制御される。シグナル経路の働きの解明は、発生現象や恒常性維持機構の理解に必須なだけでなく、種々の疾患の治療への応用も期待できる。これまで、生物学的な手法を用いた個々のシグナル経路の動作機構の理解が進んできたが、多細胞系において複雑なシグナル間相互作用を正確に、定量的に記述することは困難であった。そこで、多様なシグナル経路の相互作用を理解するために、個々のシグナル経路の働きを数理モデル化して、定性的かつ定量的な理解を目指す数理生物学的手法が必要不可欠となる。本研究では、シグナル間相互作用を包括的に理解するモデルとして、ショウジョウバエ視覚系の発生における「分化の波」の進行現象に着目している。数理生物学的手法と実験生物学的手法を融合することにより、「分化の波」の進行を制御する複数シグナルの相互作用の包括的な理解を目指している。本研究では特に、これまでに私たちが「分化の波」の進行を制御することを報告したEGF、Notch、JAK/STATシグナルに加え、内分泌シグナルとして作用するインスリンシグナル及びインスリンシグナルと細胞内で相互作用するTORシグナルに着目し、「内分泌型」「傍分泌型」「接触型」など「働き方」の異なる複数シグナルの相互作用の包括的な理解を目指している。 これまでに下記の3課題に重点をおいて研究を推進した。 1. 視覚系の発生を定量的に理解するためのライブイメージング解析について、そのプロトコルの最適化を目指した。 2. 視覚系の発生におけるインスリン及びTORシグナルの機能解析を行った。 3. 既存の「分化の波」の進行を表す数理モデルを改変し、細胞増殖による領域の拡大や、三次元空間におけるシミュレーションを可能にする新規の数理モデルを構築した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
1. 視覚系の発生を定量的に理解するためにライブイメージングによる視覚系の発生の可視化を行った。基本的な手技は確立できたものの、より長時間の鮮明な画像を得るために、改良されたプロトコルを用いて、引き続き条件検討を進める。 2. 視覚系特異的なインスリンまたはTORシグナルの機能阻害により、視覚系のサイズの減少が観察された。一方で、視覚系におけるインスリンシグナルの恒常的活性化はサイズの増大の表現型を示すのに対し、TORシグナルの恒常的活性化は分化異常の表現型を示した。以上の結果は、両シグナル経路は視覚系の細胞の増殖を制御するが、その作用には異なる点もあることを示唆する。 3. 既存の「分化の波」の進行を表す数理モデルは空間離散的なモデルを用いていたため、細胞分裂などの取り扱いが困難であった。この問題を解決するために、汎用的な「空間離散モデルの連続化」の手法を考案した。この連続化手法を「分化の波」に適用することで、細胞増殖による領域の拡大や、三次元空間における数値シミュレーションを容易に行えるようになった。以上の結果をJournal of Mathematical Biology誌に発表した。
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今後の研究の推進方策 |
1. ライブイメージングにより、野生型及びインスリンまたはTORシグナルの活性化、不活性化条件における細胞の増殖・分化パターンを定量的に理解する。 2. インスリン及びTORシグナルと、EGF、Notch、JAK/STATとの複数シグナル間相互作用を明らかにし、数理モデルへ応用するパラメータを推定する。 3. 実験1及び2の結果を用いて連続モデルによる数値シミュレーションを行い、数理モデルから予測される増殖・分化パターンを再現する実験系を構築し、予測の検証を行う。 これらの研究を通して、複数シグナル経路の相互作用の全体像を明らかにし、「働き方」の異なる複数シグナルの相互作用の包括的な理解を目指す。
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