近年Karl Fristonによって提唱されている「自由エネルギー原理」は、脳機能の包括的理解を志向した概念であり、脳科学の広い分野で注目されている。能動的推論仮説は、その自由エネルギー原理の根幹をなす理論の一つであり、この理論を用いると生体の階層的な感覚運動統合がpredictive codingの枠組みで包括的に説明できる。つまり、中枢神経系の各階層ではそれぞれ、感覚予測と実際の感覚の差分から感覚予測誤差が計算され、その感覚予測誤差が上層の神経回路における感覚予測を修正する仕組みである。本研究は、随意運動時の中枢神経系活動を能動的推論仮説に基づいて理解する事を目的としていた。 研究期間中に能動的推論仮説の検証に必要な「感覚予測」「感覚予測誤差」「感覚予測誤差の精度」の神経相関を検証するための準備を進めた。具体的にはサルを対象とした行動実験の準備を完了すると同時に、申請者が過去に記録した実験データを再解析して、仮説検証の準備を進めた。「感覚予測」についてはサルに手指運動を訓練した。次のステップとして、異なった初期位置から共通の終点位置にリーチングを行う要素を加える段階であった。「感覚予測誤差」については実験中にオンラインでspike-triggered averagingを行うためのシステム整備を完了した。「感覚予測誤差の精度」については、過去の筋感覚入力へのシナプス前抑制に関する実験データを再解析し、運動準備時間に筋神経入力に対するシナプス前抑制が上昇することを確認した。次のステップとして、予測誤差の異なった精度が求められる行動をサルに訓練する段階であった。
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