研究領域 | 「意志動力学(ウィルダイナミクス)の創成と推進」に関する総合的研究 |
研究課題/領域番号 |
19H05022
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研究機関 | 九州大学 |
研究代表者 |
神野 尚三 九州大学, 医学研究院, 教授 (10325524)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 薬物依存症 / 成体海馬神経新生 / コカイン / 抗うつ薬 / 場所嗜好性試験 |
研究実績の概要 |
現在に至るまで、薬物依存症研究の主たるターゲットは、報酬系の代表的な神経回路である腹側被蓋野のドパミンニューロンによる側坐核へ投射路である。コカインなどの薬物は、ドパミンニューロン (A10) の作用を増強することで報酬から快感を生じさせ、これが条件付け刺激となり依存が形成されると考えられている。 一方で近年、コカインなどの薬物摂取に海馬依存的場所記憶が関与しており、乱用によって成体海馬における神経新生が抑制されることや、コカイン依存症から回復すると神経新生が正常化すること、さらに神経新生を抑制するとコカイン探索行動が増加することが示されている。一方で、運動による新生ニューロンの増加はコカイン探索行動の減少には無関係とする報告もあり、結論に至っていない。 申請者は近年、成体海馬神経新生現象の制御機序の研究に積極的に取り組んでいる。これまでに、異なる神経回路に組み込まれた背側海馬 (記憶に関与) と腹側海馬 (情動に関与) では神経新生の制御機序が異なることや、神経幹細胞とアストロサイト前駆細胞の新規分子マーカー (S100A6) の発見、植物由来エストロゲン類縁体による細胞種特異的な神経新生促進機序の発見など、独自の知見を積み重ねてきた。さらに最近、豊かな環境による成体海馬神経新生の促進と認知機能の改善には、海馬のコンドロイチン硫酸を介した機序が存在することを発見した。 本研究で我々は、最近の複数の研究によって示されている、経験依存性の情報がエンコードされる新生ニューロンの臨界期に着目した。実験では、新生ニューロンの数や成熟、活動性の変化が薬物依存の形成や消去に関わるかどうか、またその機序は何かを明らかにするため、予備的な検討を進めている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
場所嗜好性試験を用いたコカイン依存症モデルマウスの確立に成功し、成体海馬神経新生の変化について組織化学的な検討を進めている。これまでに、抗うつ作用を有する特定の薬物の投与によって、コカイン探索行動が減少することを見出している。また、コカイン投与によって神経新生が抑制され、同薬物で一定の回復が認められることも明らかにしている。また、ストレスモデルとの組み合わせによる再燃実験や、抗うつ薬が場所嗜好性に与える影響などについても検討を進めている。
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今後の研究の推進方策 |
実験 1:コカインを腹腔内投与した成獣野生型マウスをトレーニングボックスに30分間閉じ込める処置を一日一回7日間実施する (条件付け)。条件付け場所嗜好性 (CPP) 試験では、条件付けに使用した嗜好側ボックスの滞在時間から非嗜好側ボックスの滞在時間を引いた値 (CPPスコア) を計測する。 実験 2:成獣野生型マウスに慢性拘束ストレスを2週間負荷してうつ病モデルを作出する。うつ様行動を示すマウスのコカイン条件付けを行い、神経新生の抑制やコカイン嗜癖の形成における変化を捉える。 実験3:コカイン条件付けを行ったマウスを回し車やトンネルなどを加えた広いケージで飼育する (豊かな環境)。2週間後に生理食塩水を腹腔内投与し、条件付けに使用したトレーニングボックスに30分間閉じ込める消去学習を行う。CPPスコアを計測し、豊かな環境による消去学習の変化を捉える。 実験4:Nestin-CreERマウスとloxP-stop-loxP-hM4Di-mCitrine マウスを掛け合わせる。タモキシフェンを投与してhM4DiとmCitrineを発現させた新生ニューロンの臨界期にコカイン条件付けを行った後、clozapine-N-oxideを腹腔内に投与して消去学習を行い、CPPスコアを計測する。コカイン関連記憶をエンコードした新生ニューロンの文脈依存性活性化が抑制されることで消去学習に生じる変化を捉え、嗜癖記憶を制御することが薬物探索行動の減少につながるかどうかを明らかにする。 実験5:新生ニューロンにGFP (歯状回にレトロウィルスを注入; 実験2, 3) やmCitrine (実験4) を発現させ、行動解析終了後に電気生理学的活動性、新生ニューロンの数や成熟、遺伝子発現変動を解析する。
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