コカインなどの物質関連障害 (いわゆる薬物依存症) の原因となる物質は、ドパミンニューロンの作用を増強することで報酬から快感を生じさせ、これが条件付け刺激となり依存が形成されると考えられてきた。一方で近年、物質関連障害の病態に海馬依存的場所記憶が関与しており、乱用によって成体海馬における神経新生が抑制されることや、コカイン依存症から回復すると神経新生が正常化すること、さらに神経新生を抑制するとコカイン探索行動が増加することが示されている。 本研究で我々は、物質関連障害の病態基盤として、経験依存性の情報がエンコードされる成体海馬神経新生現象にフォーカスした研究を展開する。実験では、新生ニューロンの数や成熟、活動性の変化が依存の形成や消去に関わるかどうか、またその機序は何かを明らかにするための検討に取り組んだ。 初年度に、場所嗜好性試験を用いたコカイン依存症モデルマウスの確立に取り組み、コカイン探索行動を示すマウスの作出に成功した。組織学的検討を行ったところ、コカイン探索行動を示すマウスでは、成体海馬神経新生が抑制されていることを確認した。また、抗うつ効果が近年注目されているケタミンの投与によって、コカイン探索行動が減少し、神経新生が増加することを見出した。次年度の実験では、神経新生を抗がん剤であるテモゾロミドの投与によって抑制すると、ケタミンによるコカイン探索行動の減少が阻害されることを明らかにした。さらに、海馬のパルブアルブミンニューロンの染色強度は、コカイン依存症モデルマウスで低下し、ケタミンで増強することが示された。パルブアルブミンニューロンは神経新生を制御することが知られている。本研究の結果は、コカインによる依存症の病態形成とケタミンによる治療のプロセスには、パルアルブミンニューロンが何らかの形で関わっている可能性を示唆するものである。
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