研究領域 | 都市文明の本質:古代西アジアにおける都市の発生と変容の学際研究 |
研究課題/領域番号 |
19H05041
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研究機関 | 早稲田大学 |
研究代表者 |
大稔 哲也 早稲田大学, 文学学術院, 教授 (10261687)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | イスラーム / エジプト / 墓地 / ワクフ / 寄進 |
研究実績の概要 |
2019年度の研究活動は、①アラビア語による文書史料や写本史料を閲覧・蒐集し、②以前から蒐集を始めていた史料や、今年度新たに蒐集した史料の検討を行い、③国内外の研究集会などの場でその成果を公表すると共に、各国の研究者と意見交換を行うという形にまとめることができる。 昨年度、まずシカゴ大学図書館(8~9月)において、同図書館が所蔵するマムルーク朝期エジプトのワクフ(寄進)文書のマイクフィルム全巻、およびオスマン朝期のイスラーム法廷台帳に目を通し、そこからエジプトの墓地に関連する情報を抽出した。続いて、11月から翌年2月まではエジプト・カイロへ拠点を移し、主としてエジプト国立文書館のワクフ文書コレクションを精査した。また、同じくカイロの国立図書館の写本部門他でも閲覧作業を行った。 さらに、カイロから出張する形で、ロンドンのブリティッシュ・ライブラリーへ赴き、エジプト死者の街に関連するアラビア語史料の原写本を調査した。加えて、カイロの墓地区「死者の街」においては、墓堀人のM・アブドゥッラー氏や墓地に居住するA・サイード氏から、墓地や埋葬の現状について聞き取り調査した。 また、イスラーム王朝期の西アジア史研究における代表的国際学会である国際マムルーク学会(The Sixth Conference of the School of Mamluk Studies, 2019年6月15日~17日)を大会責任者として主催するとともに冒頭で講演し、各国の研究者たちと真摯な意見交換を行った。それに付随して、エジプトの都市史や墓地について造詣の深いE・アブー=ガーズィー教授(カイロ大学、元エジプト文化大臣)、F・ボダン教授(リエージュ大学)、A・ガシノヴァ教授(バクー国立大学)らを招聘し、関連するレクチャーが行われた。なお企画の一部は、コロナ禍の影響で次年度へ延期された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本公募研究は2年間を予定しており、2019年度が初年度であったが、ここまで比較的順調に進捗している。本研究が重視するのは、エジプト等におけるアラビア語の文書調査を通じて得られた情報の精査によって新知見を得て、それを国際的に共有していくという一連の流れである。初年度はエジプト・カイロ、シカゴ、ロンドンにおける文書調査が予定通り実行されたうえ、その成果をもとに多くの研究者と意見交換することができた。 19年度にはエジプトや米国において、研究者たちと懇談する場を持ったが、前者ではM・アフィーフィー教授、L・マフムード教授、M・ギルギス准教授、後者では、C・ピートリー教授、W・シュルツ教授、L・グオ教授、M・サーレフ博士らを挙げることができる。20年度も、これを継続する予定である。加えて、これらの成果をもとに、エジプト日本科学技術大学の遺産科学学科において研究指導やレクチャーも行った(19年12月)。 研究内容上も大きな進展が見られた。中世マムルーク朝期のエジプトでは、自分の一族の墓廟・墓地のために財産を寄進することが流行しており、それによって本来は公共に資するべき寄進財が、私的な墓地運営の財源となっていたことは既に知られていた。しかし今回、ワクフ文書の精査から新たに判明したところでは、一部の人々が墓地・墓廟それ自体を寄進しており、墓地にあった建物からの収入を財源として、新たな墓地が運営されるという一見奇妙な現象が生じていた。すなわち、墓地が墓地の運営財源となり、墓地が墓地を生むような、墓地のワクフ化とも言うべき新たな現象が生まれていたのである。その原因としては、恐らく墓地区の発展により人々がそこへ居住するようになり、墓地がいわば「都市化」したため、墓地に林立した建物からの収益を寄進できるようになったのではないかと推察される。今後、この新知見を口頭発表や論考として公表予定である。
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今後の研究の推進方策 |
20年度は、コロナ禍による新たな状況の許す限り、以下のような活動を継続していきたい。まず、西アジアの都市史について墓地から光を当てる研究報告を行ってもらうため、米国などから2名程度の研究者を招聘することを計画している。現時点ではL・グオ教授(ノートルダム大学)、A・サブラ教授(カルフォルニア大学サンタ・バーバラ校)などを候補として連絡を取り合っている。彼らには、一般の講演会やワークショップの開催も考えていただく。 また、申請者自身も現地エジプトに赴き、国立文書館における墓地関連のワクフ(寄進)文書の研究を継続すると共に、その成果をエジプト日本科学技術大学の遺産科学学科などにおいて共有することを考えている。同時に、エジプトや米国その他の研究者と緊密に連絡を取り合い、研究上の意見交換をさらに深めていきたい。19年度同様、カイロの大墓地区である「死者の街」におけるフィールドワークも続行する予定である。 さらに、20年度の国際マムルーク学会(於キプロス)は翌年へ延期されたため、そこでの研究交流機会は失われたが(部会座長を予定)、現在、19年の国際マムルーク学会の内容をもとに、E. J. Brill社から本科研に関連した論集を出すべく、編纂作業中である。申請者もその序言を執筆する予定である。加えて、以上の成果をとりまとめ、本科研費本体の主催する研究集会などにおいて口頭発表を行いたいと考える。その上で、エジプトの墓地区である「死者の街」の歴史や参詣者の心性に焦点を当てた英文研究書をまとめる作業を加速させたい。 以上の計画は、コロナ禍という状況を受けて、変更を余儀なくされる事態も考え得る。しかしながら、それに対しては代替策を考案したり、科研費を繰り越して海外招聘や海外出張を翌年度へ延期するなどして、粘り強く柔軟に対応していきたいと考える(それすら不可能となった場合には、返納を考える)。
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