研究領域 | 都市文明の本質:古代西アジアにおける都市の発生と変容の学際研究 |
研究課題/領域番号 |
19H05043
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研究機関 | 金沢大学 |
研究代表者 |
上杉 彰紀 金沢大学, 国際文化資源学研究センター, 特任准教授 (20455231)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | インダス文明 / アラビア半島 / 前3~2千年紀 / 海洋交易 / インダス系土器 / 石製装身具 / 石製印章 |
研究実績の概要 |
2019年度は、バハレーン政府文化古物局およびバハレーン国立博物館において、それらに収蔵されるバハレーン国内の遺跡から出土したインダス文明地域からもたらされたと考えられる土器および石製装身具、またインダス式印章の影響を受けたと考えられる石製印章について、2回にわたる調査を行った。 調査の結果、インダス系土器の主体をなすのは、前2千年紀前葉段階のグジャラート地方の土器様式の系統に属するものであることが明らかとなった。中には一部グジャラート地方以外のインダス地域からもたらされたと考えられる土器も含まれているが、圧倒的にグジャラート系土器が多く、前2千年紀前葉の段階には、インダス地域の中でもグジャラート地方がバハレーン島との海洋交易に深く関わっていた蓋然性が強く示された。 石製装身具においては、紅玉髄製および縞瑪瑙製のビーズが同じく前2千年紀前葉を中心とする遺跡から多数出土していることが確認できた。素材・形態において、インダス地域からもたらされた可能性は高いが、その可能性を検証するために、穿孔技術の分析を行うためのシリコーン・レプリカを190点の資料から作成し、今後の分析試料とした。 石製印章については、図像および彫刻技法の点から、インダス式印章との比較を行うための基礎データの作成を行った。彫刻技術を走査型電子顕微鏡を用いて分析するために、石製装身具同様にシリコーン・レプリカを作成した。現段階では詳細な分析は完了していないが、予察として素材となる凍石を加熱して白色に仕上げるものが多いという点、従来言われているように印面にインダス式印章と共通する短角ウシおよびインダス文字を刻んだものが存在する点、インダス式印章同様に彫刻刀を用いて図像を彫刻している点など、インダス式印章との共通性が多く確認できた。今後の分析によってこの仮説を検証する予定である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
研究計画当初においては、アラブ首長国連邦やオマーンにおいても資料調査を実施する予定であったが、バハレーン政府文化古物局および同国立博物館に収蔵される資料が、質量ともに非常に充実している状況を確認したこと、また同文化古物局から調査に対する許可・援助を得たことから、バハレーン島出土資料を研究の中心に据えることにした。2度にわたるバハレーンでの資料調査の結果、これまで十分に研究されることのなかった重要資料をデータ化し、分析試料を作成することができた。前2千年紀前葉の段階においてバハレーン島がインダス方面とアラビア半島、メソポタミアを繋ぐ海洋交易の重要拠点であったことは以前より推測されていたが、今回の調査によって得た資料の分析によって、海洋交易に参画したインダス系集団の出自や海洋交易の具体像、さらには海洋交易がバハレーン島の社会に与えた影響など、交易という事象に多面的な理解を得ることができるものと考えている。
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今後の研究の推進方策 |
2020年度には、バハレーン政府文化古物局および同国立博物館での資料調査を継続するとともに、2019年度の調査で得たデータ・試料の分析を進める予定である。 土器については、その形態的・技術的要素の分析を進め、インダス地域の資料との比較を通した、土器様式系統および編年的位置づけを明確にし、バハレーン島を含めたアラビア半島の出土資料との比較研究を行う。石製装身具についてはビーズ孔から作成したシリコーンレプリカについて、日本国内で走査型電子顕微鏡を用いた分析を進め、インダス地域出土資料との比較を通して、バハレーン出土石製装身具の製作地の特定を試みる。石製印章についても、シリコーンレプリカの顕微鏡分析を行い、彫刻技術の特質を明らかにするとともに、インダス地域出土資料との比較を行う。これらの分析を通して、バハレーン島とインダス地域との交流関係にについて多角的・多面的考察を行う。インダス文明社会にとって、アラビア半島を含めた周辺地域との交流はきわめて重要な役割を果たしていたと考えられるが、換言すると、周辺地域との交易・交流関係がインダス文明社会に大きな影響を与えたと考えられる。インダス文明社会を動的に変化する歴史事象として捉える視点は、これまでの研究に大きく欠落していたが、アラビア半島との交流関係はインダス文明社会像を大きく変える糸口にもなりうるものである。バハレーン出土資料はそうした新たな研究を切り開く上での根幹的データとなる。 これらの分析結果については、国内外の学術誌に投稿するとともに、2021年3月までに、詳細な報告および研究論文集を刊行する予定である。インダス文明およびアラビア半島の考古学に通じた外国人研究者にも寄稿をお願いしており、本研究の成果をより広い視野から位置づけ包括的な理解をめざすとともに、広く公開する。
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