研究領域 | ハイドロジェノミクス:高次水素機能による革新的材料・デバイス・反応プロセスの創成 |
研究課題/領域番号 |
19H05047
|
研究機関 | 筑波大学 |
研究代表者 |
重田 育照 筑波大学, 計算科学研究センター, 教授 (80376483)
|
研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2021-03-31
|
キーワード | 電子状態計算 / 反応解析 / 構造解析 / プロトン移動経路 / 電子移動経路 / プロトン化状態 / 酸解離定数 / 酸化還元電位 |
研究実績の概要 |
ヒドロゲナーゼは遷移金属を含む活性部位(触媒サイト)において水素分子をプロトンと電子へと可逆的に変換する役割を果たす酵素であり、ある種の嫌気的生物はその電子エネルギーを利用し生命システムを維持してきた。この機能は言わば生体内燃料電池であり、ヒドロゲナーゼの機能を理解することは、ハイドロジェノミクスの分野を生物系へ拡張する上で極めて本質的である。 本研究では、完全酸化状態である[NiFe]ヒドロゲナーゼの分子状水素による再活性化機構を明らかにするため、嫌気性条件下で得られた新たなX線、および中性子線結晶構造解析結果の構造の妥当性、およびその安定性を検証することを目的としている。また、水素分子との反応についての知見を得ることで、再活性化の可能性を検討した。 従来、再活性化が遅いNi-Aとして同定されていた構造は酸素により過剰に酸化された構造であったが、今回得られた構造は反応サイクル中のそれと類似しており、QM/MM計算による網羅計算により、NiとFe間を架橋する酸素種はO2-、Niの価数は+3、スピンは低スピン状態であることが同定された。また、再活性化が速いNi-BについてはNiとFe間を架橋する酸素種はOH-、Niの価数は+3、スピンは低スピン状態であることが同定された。本研究により、新規構造の妥当性を検証するとともに、結晶構造解析からは観測が困難な水素の空間配置の決定、および遷移金属の価電子数とスピン状態が明らかとなった。 一方で、これらの構造に対して分子状の水素分子との反応を試みたが、取り扱ったQM/MMモデルでは、物理吸着は行うものの化学吸着し反応が進むことはなかった。今後はQM/MMモデルの再検討とともに、電子移動経路に対する影響も調べる方針である。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
硫酸還元細菌Desulfovibrio vulgaris Miyazaki F株に由来する[NiFe]ヒドロゲナーゼは、水素を外部から取り込み[NiFe]活性サイトで水素分子を電子とプロトンに可逆的に変換する。その際、[NiFe]活性サイトは休止状態である酸化状態から、活性状態であるNiSIa反応、NiR状態、NiC状態を経て触媒サイクルが完了することが、様々な実験データ・理論計算から明らかとなっている。触媒サイクルでの構造変化については、これまでの多くの理論計算から多くの知見が得られているものの、完全酸化型についての研究は古い結晶構造データに基づいていたため、研究はそれほど進んでいなかった。 本研究では最新のX線結晶構造に基づき、新たにQM/MM計算による構造解析を進めることで、当初の目的である完全酸化型構造の同定に成功した。また、分子状水素との反応性についても予備計算を行うことで、従来提唱されているメカニズムとは異なる可能性を提案した。
|
今後の研究の推進方策 |
上記の構造解析、および反応解析に有効なQM/MM計算では酸化還元電位の相対値は算出できるものの、絶対値の特定は困難である。したがって、タンパク質の全系の電子状態を量子力学的に取り扱う必要がある。申請者のグループが開発しているフラグメント分子軌道(FMO)法、および、LCAO-FMO法により、各状態におけるヒドロゲナーゼ中の鉄硫黄クラスターの酸化還元電位および各Fe原子の酸化数を特定することで、量子論的な生体エネルギー変換機構を明らかにする。また、プロトン移動と水素分子輸送経路についても、どのようなアミノ酸残基が関与しているかを同定する。
|