研究領域 | ハイドロジェノミクス:高次水素機能による革新的材料・デバイス・反応プロセスの創成 |
研究課題/領域番号 |
19H05056
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研究機関 | 大阪大学 |
研究代表者 |
加藤 浩之 大阪大学, 理学研究科, 准教授 (80300862)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 電子-プロトン相関物性 / 水素結合 / 導電性分子 / 表面分光 / 走査トンネル顕微/分光法 |
研究実績の概要 |
本研究課題は、自己組織化的にプロトン・ドナー/アクセプターからなる異種二分子膜を製膜する技術を確立し、外部電場によるプロトン移動の誘起および導電性制御の実証に挑戦するものである。 2019年度は、まず先行研究の成果を基に、異種二分子製膜条件の最適化に関する研究を進めた。結果として、異種分子混合液から二分子膜を一機に自己組織化できることを見出した。くわえて、二分子膜の組成や物性を評価する装置の整備を進めた。まず、膜組成の定量分析のために、既存装置にX線源を取付け、X線光電子分光(XPS)測定を可能とした。また、本研究課題の主題であるプロトン移動の誘起実験で用いる走査トンネル顕微鏡(STM)装置の改良を進めた。既存の装置のままでは、電圧のスイープやノイズ抑制に限界があった。これに対し、本課題の予算を投入して信号処理系を再構築し、精度の高い局所分光を可能にした。これら装置の整備によって、以降の研究の質を飛躍的に向上することが期待される。 さらに共同研究においても顕著な進展があった。放射光施設を用いたX線吸収分光(XAS)では、プロトン・アクセプター側の水素結合状態を解明することが出来た。先行研究では、振動分光によってプロトン・ドナー側の水素結合について分析したが、アクセプター側の状態については推論に留まっていた。これに対しXASでは、元素選択的に分子状態を分析できるため、アクセプター側の情報を得ることができた。結果として、二分子膜には設計通りの水素結合ができており、プロトン移動に適した系であることが確認された。くわえて理論研究でも進展があった。先行研究の実験系を基に、プロトン移動に有利な官能基をサーベイしたところ、水素解離に関するpKaと相関があることが見出された。これは本研究に重要な指針を与えるものであり、合成グループと議論を経て次期二分子膜の計画をまとめることができた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2019年度(初年度)は、研究実績の概要で述べたとおり、1.二分子膜の製膜条件の最適化、2.二分子膜の分析装置の整備、および3.共同研究の各々で進展があった。ここでは、項目1の詳細と、項目3で得られた研究指針について詳しく説明する。 項目1では、先行研究の成果を基に、異種二分子の製膜条件最適化に関する研究を進めた。特に、従来の2段階浸漬法の最適条件の検証だけではなく、異種の分子を同時に自己組織化させる1段階浸漬の可否についても検討した。結果として、分子の組み合わせに依存性があるものの良好な異種二分子膜の形成が確認された。現在、水素結合の強度や浸漬方法の違いで生じる二分子膜の差異について定量的な評価を行っており、まとまり次第 論文発表する予定である。 一方、項目3において、プロトン移動し易さに関する理論研究から、興味深い結果が得られた。まず現状の系(カテコール誘導体をプロトン・ドナー、イミダゾールをアクセプターとする系)において、印加電場によるプロトン移動は起こり得るも、電界強度としてはやや高いことが予想された。このため、どのような系でプロトン移動を誘起し易いかをサーベイしたところ、水素解離に関するpKaの差がドナー/アクセプター間で大きくなる系で有利になることが明らかになった。この結果は、今後、ドナー/アクセプター分子を系統立てて実験する重要性を示唆するものである。しかし、現状の二分子膜では、電子-プロトン相関物性を持つカテコール誘導体が2層目にあり、系統立てた分子の置換に困難が予想された。そこで、合成グループと検討し、カテコール誘導体を1層目として共通の分子組成と構造を担保した上で、様々なプロトン・アクセプター分子を2層目に積層できる二分子膜系への変更が計画された。合成は既に進められ、最終段階であることが報告されており、今後の研究発展が期待される。
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今後の研究の推進方策 |
今年度は、本研究の主題であるプロトン移動の誘起実験を中心に進める。本研究課題を始めるにあたり、2018年度末の時点で、局所導電特性の計測を行うための拡張は行っていた。しかし、電圧のスイープに限界がある上に、その後のテストでノイズの抑制にも問題が見つかった。このため2019年度は装置の信号処理系を再構築し、これを改善した。本年度は、この装置を使ってプロトン移動の誘起実験を行い、「プロトン移動が外部電場の印加によって誘起可能であることの実証」を目指す。 測定では、二分子膜を貫く方向に電場を印加しながら、探針‐基板間に流れる電流をモニターし、導電特性を計測する。この測定における電流の主成分は、量子トンネリングに基づくトンネル電流であり、電流強度はフェルミ準位近傍の分子準位を反映する。もし、掃引した電場が十分な強度になりプロトン移動を誘起することができれば、分子準位は急激に変化し導電特性曲線にはステップ関数状の飛びが生じると考えられる。したがって、当導電特性を解析することで、「プロトンの移動し易さ」と「移動前後の分子の物性の違い」を検討することが可能になるはずである。 くわえて、新たな異種二分子膜についても、分子膜評価を行った上で、プロトン移動の実験を行って、現在の異種二分子膜との比較を行う予定である。進捗状況で述べたように、新たな二分子膜ではプロトン・ドナーとアクセプターの配置が逆になっており、電界効果を再評価できることにくわえ、二分子膜に対する基板の影響についても議論できる可能性があり、意義深い。さらに、系統立てたプロトン・アクセプター分子の置換も可能であり、「プロトン移動を誘起するための要素」について物理化学的な解明を試みる。
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