研究領域 | 量子クラスターで読み解く物質の階層構造 |
研究課題/領域番号 |
19H05149
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
小林 淳 京都大学, 理学研究科, 特定准教授 (50579753)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | レーザー冷却 / エフィモフ状態 / フェッシュバッハ共鳴 |
研究実績の概要 |
本研究は、冷却原子系において生成されるEfimov状態の直接観測を通して、Efimov状態についてのさらなる深い研究を進めることによって、物質の階層構造を読み解いていくことを目標とした研究である。冷却原子系では、Feshbach共鳴を用いて散乱長の高精度な制御が可能となるため、詳細な研究が可能となる系ではあるが、Efimov状態の寿命が短いために、その直接的な観測が実験的に困難であるという問題点があった。その問題点を克服するために、パルスレーザーを用いたイオン化観測によって、高速・高感度・質量分析可能な観測を実現し、Efimov状態の直接観測を実現することを目標としている。直接観測により、A.Efimov状態の緩和メカニズムの解明、B.多原子クラスターの生成、C.Efimov状態から安定な3原子分子状態への移行実験などの数多くの発展が可能となる。 2019年度はEfimov状態生成のための、原子のレーザー冷却実験を行った。特にEfimov状態を生成するためには、原子気体を量子縮退温度付近まで冷却する必要がある。従来の手法では蒸発冷却と呼ばれる手法によって、量子縮退温度への冷却が実現されていたが、本研究では近年他のグループによって開発された全く新しい手法をさらに発展させた手法を開発している。その手法では、原子を光格子にトラップし、その中でのレーザー冷却によって原子を冷却する。冷却が高速でかつ原子数のロスも大きく抑えられるため、蒸発冷却の問題点を克服した手法として注目されている。 これまでに、光共振器によって強度増幅された光格子を生成することで、先行研究の1万倍も多くの原子をトラップすることに成功している。さらに、レーザー冷却と光格子の強度の制御を使って、1マイクロケルビン以下という量子縮退温度付近への冷却も実現した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
冷却原子系においてEfimov状態を効率よく生成するためには、量子縮退温度付近にまで原子を冷却する必要がある。そのための手法として、ほとんどすべての実験では、蒸発冷却と呼ばれる手法が用いられる。ところが蒸発冷却は、原子のロスが大きく、さらに冷却に長時間がかかるという2つの問題点がある。これに対して、近年他グループで開発された手法では、高速にかつ原子数のロスが少なく冷却できる。ただしまだ10^3個程度と原子数が少ないことが問題点であった。 2019年度に本研究で取り組んだ実験では、光共振器によって強度増幅された3次元光格子を構築することによって、先行研究の1万倍も多く(2x10^7個)の原子をトラップすることに成功した。さらに、光格子中でのレーザー冷却と光格子の強度の制御による原子雲圧縮を交互に行うことにより、原子雲全体の冷却と圧縮を実現し、1マイクロケルビン以下という量子縮退温度付近への冷却も実現した。Efimov状態の生成の直前まで迫っている状況である。 さらに、この実験系の特殊性を生かした実験として、3軸の光格子のうちの1つの軸を下げることによって、1次元系を生成した。1次元系の性質の一つである熱平衡化が起きないということも実験的に確認している。このような1次元系では3体衝突による原子数ロスが著しく抑制されることが知られており、Efimov状態の生成も抑えられると考えられる。そのため、1次元系から2または3次元系へと瞬間的に切り替えることによって、Efimov状態生成のトリガーとすることが可能と考えられる。 このように、新しい高速・高効率な手法によって、Efimov状態生成の直前に迫っていること、さらにEfimov状態生成のトリガーとなるような1次元系を実験的に実現したことも併せて考えると、おおむね順調に進展しているといえる。
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今後の研究の推進方策 |
今後は、Efimov状態の生成に向けて、原子の冷却実験をさらに進める。特に光格子中の冷却および圧縮操作において、それぞれに改善の余地が大いにある。光格子ビームのアライメント最適化、ラマンサイドバンド冷却のためのレーザーの高強度化、光格子の深さ制御の最適化などを進める。 原子の1次元系に関する実験では、これまでの実験で、原子の運動量分の観測から熱平衡化が起きていないことは確認されている。観測されている運動量分布は低温のガウス分布と高温のガウス分布を重ね合わせたような分布になっており、どのようにしてそのような分布が形成されたのかといったことについては、まだ実験・理論計算の両面での研究が必要である。 1次元系に対する描像として、原子間の斥力相互作用が非常に強くなっている状況が実現されており、あたかもボース粒子がフェルミ粒子のようにお互いの波動関数が重ならないように振る舞う(フェルミ粒子化)ことが知られている。このような状況では、2つの原子波動関数の重なりが抑制されるだけでなく、3つの原子の重なりも大きく抑制され、3体衝突による原子数ロスも大きく抑制されることは実験的にも確認されている。すなわちEfimov状態の生成も抑制されていると考えられる。この現象を利用して、例えば、原子の1次元系を生成した後、磁場の操作によって原子とEfimov状態の共鳴に合わせておき、そこで光格子の操作によって2次元または3次元系へと瞬間的に移してやれば、Efimov粒子生成の高速なトリガーになると考えられる。これは磁場操作によるトリガーよりも高速である。高速なトリガーにより短寿命なEfimov状態を検出できる可能性がある。 ただし、現在コロナウイルスの影響で実験は完全に停止状態にあり、いつ再開できるかの目途も立たない状況である。理論的な考察に重点を置いた研究も検討する必要がある。
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