研究領域 | 量子クラスターで読み解く物質の階層構造 |
研究課題/領域番号 |
19H05152
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研究機関 | 大阪大学 |
研究代表者 |
白鳥 昂太郎 大阪大学, 核物理研究センター, 助教 (70610294)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 光検出器 / チェレンコ検出器 / 高分解能タイミング検出器 / ハドロン物理 |
研究実績の概要 |
ハドロン・原子核物理学の目標は物質の素になっているクォークから如何にして物質世界が作られているかを解明することである。強い相互作用によってハドロンに閉じ込められたクォークの運動や相関を解明するため、重いクォークを導入して自由空間に取り出せない色荷を帯びたクォークの動きをあぶり出す。複数のストレンジクォークを持つΞやΩバリオンについて励起状態を詳しく測定し、系統性を重いクォークを持つバリオンと比較することが、ハドロンの内部構造の理解に迫る必要不可欠な研究である。Ωバリオンの励起状態の情報はほぼ皆無な状況であり、系統的な測定実験が強く望まれる。 J-PARC高運動量ビームラインはΞやΩバリオンの励起状態の生成に有利な高運動量の反K中間子ビームの供給が可能であるが、100倍のπ中間子の混入が反K中間子ビーム強度を0.1 MHzに制約する。本研究では、大強度ビーム測定用のタイミング検出器を開発して反K中間子ビームを1 MHzの強度へ増強を行うことで、J-PARC高運動量ビームラインにおいてΩバリオンの研究を開拓する。ビーム強度の制約を克服するアイデアとして、瞬間発生するチェレンコフ光の特徴を活かし、光センサー当たりの計数率を低減できる狭いセグメント幅(1 mm)と高時間分解能を併せ持つ検出器を開発する。チェレンコフ光の輻射体はアクリル(PMMA)、光センサーはMulti-Pixel Photon Counter(MPPC)を使用する。高速オペアンプを使用した整形増幅回路を開発し、MPPCの信号を整形して10 ns程度の時間幅にする。整形回路と高速応答するディスクリミネータを開発・製作し、試作アクリル輻射体とMPPCと合わせた検出器要素を製作する。ビームによる検出器要素の評価試験を行い、性能評価後に実機を製作してJ-PARCの大強度ビームを使用したΩバリオンの研究を推進する。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
本年度は、テスト用の試作チェレンコフ輻射体(1.0 mmと0.5 mm幅)とMPPCの信号処理用の整形回路を製作した。輻射体は十字の形状とし、ビーム方向に対して45°傾けることで効率的にチェレンコフ光を光センサーに導くことができる。輻射体を製作するための技術開発を業者と行い、薄い板から十字の形状を切り出し0.5 mm幅までの輻射体を製作する技術を確立した。MPPC用の整形回路の開発として、高速オペアンプ(AD8000)の使用と回路の時定数の最適化を行い、10 ns幅と十分な利得を持つ回路を製作した。一方で、整形回路には出力信号の直後にリンギングがあり、高計数率下において信号の重なりによるベースラインの変動の影響で時間分解能が悪化する可能性があることが分かった。リンギング抑制のため、高速応答するショットキーバリアダイオードを利用した試作フィルター回路を整形回路の後段に加える形で製作した。さらに、高速応答するディスクリミネータの開発・製作も行った。 狭い幅の輻射体と整形回路を組み合わせた検出器要素について評価試験を、実験室においてはβ線源を用い、SPring-8のLEPSビームラインにてビームを用いて実施した。目的である1.0 mm幅の輻射体を持つ検出器とさらなる大強度ビームの使用を目指した0.5 mm幅の検出器の性能を評価し、両方の検出器にて45 ps(rms)の時間分解能を達成した。線源とビームによるテストにてリンギング抑制効果を確認し、さらにショットキーバリアダイオードのフィルター回路を付加しても整形回路の性能と時間分解能が維持される事を確認した。十字の形状の狭い幅のチェレンコフ輻射体の製作・加工の技術の確立、整形回路とディスクリミネータの開発、検出器要素のテストを完了した。特に当初よりも狭い0.5 mm幅の輻射体にて十分な性能を得ることができ、計画以上の進展が得られた。
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今後の研究の推進方策 |
次年度は本年度に達成した検出器要素の開発の完了を踏まえ、大強度ビームによる高計数率下における評価試験によって最終的な性能評価を行い、実機の製作を行う計画である。1.0 mm幅の輻射体と試作整形回路、試作フィルター回路、ディスクリミネータを使用し、J-PARC高運動量ビームラインで想定される強度と同じ大強度ビームによる検出器を要素の評価試験を行う。想定される2-3 MHzの計数率の条件において、本年度達成した45ps(rms)の時間分解能の性能が得られているかを評価する。 性能評価後に各検出器要素を本実験用の検出器として製作を行う。チェレンコフ輻射体として0.5 mmの幅まで使用することが可能となったため、当初の想定の2倍程度の大強度ビームを使用した高精細セグメントの検出器として実機を製作することを目指す。その際に、J-PARC高運動量ビームラインで想定される中心部分の強度が高いビーム形状を考慮すると、中心部分を狭い幅とし、計数率の低い外縁部は太いセグメントとするというセグメント幅の最適化が必要である。本年度に実施した実際の評価試験のデータとシミュレーションを用いて各セグメント幅の最適化を行う。試作回路と試作フィルター回路を本実験用の回路として完成する。大強度ビームによる評価実験によって回路の時定数やフィルター回路への改良の必要性が生じた場合に適宜実施する。最終的な回路の仕様を決定し、実機用の多チャンネルの回路として整形回路とフィルター回路を製作する。実機の製作として100 mm のビーム領域を覆うため輻射体の大量製作、輻射体と読出し回路を固定する枠組みと検出器フレーム全体の設計と製作を行い、大強度ビームを使用したΩバリオンの研究を推進するための準備を完了する計画である。
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