研究領域 | マルチスケール精神病態の構成的理解 |
研究課題/領域番号 |
19H05204
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
狩野 方伸 東京大学, 大学院医学系研究科(医学部), 教授 (40185963)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 統合失調症 / 自閉スペクトラム症 / 神経回路発達 / シナプス伝達 / エピジェネティクス / ヒストン修飾 / 前頭前野 / マウス |
研究実績の概要 |
本研究では、エピジェネティック因子のうちで精神疾患との関係が多く報告されているヒストン3リジン4メチル化・脱メチル化に着目し、マウスを用いて、同部位のヒストン修飾がシナプス機能や精神疾患類似行動を含めた行動にどのように影響するかを精査する。 令和元年度は、統合失調症のリスク遺伝子の一つであり、ヒストン3リジン4トリメチル化酵素をコードするSetd1a遺伝子に注目した。Setd1aに対するmiRNAを、子宮内電気穿孔法により胎生14.5日のマウス前頭前野の2/3層錐体細胞に導入し、Setd1aをノックダウン(KD)した。マウスを成長させ、生後4週で前頭前野のスライスを作製して、2/3層錐体細胞からホールセル記録を行い、興奮性および抑制性シナプス伝達を解析した。その結果、 興奮性および抑制性シナプス後電流ともに減弱していたが、興奮と抑制のバランスが減少しており、全体として、興奮性が減弱していることが分かった。光遺伝学的手法を用いて精査したところ、シナプス後部のSetd1aのKDがシナプス前部の機能低下を起こすことが判明した。さらに、2/3層錐体細胞の樹状突起スパインの形態学的解析を行い、Setd1aをKDした結果、スパインの密度が減少していることが明らかとなった。これらから、前頭前野の2/3層錐体細胞において、Setd1aは興奮性および抑制性シナプスの維持に関わるが、特に、機能的な興奮性シナプスをプラスに制御する働きがあることが考えられた。さらに、統合失調症患者でみられる変異と同等の変異をマウスのSetd1a遺伝子に導入し、このヘテロ接合体マウスの電気生理学的および形態学的解析を行った。その結果、興奮性シナプス伝達の低下とシナプス数の減少という予備的結果を得た。また、Setd1a以外の候補遺伝子のスクリーニングを開始し、KDによってシナプス機能に異常を生じるものを同定した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
発達期のマウス前頭前野の2/3層錐体細胞において、選択的にSetd1a遺伝子をKDし、生後4週で前頭前野のスライスを作製して、電気生理学的解析を行った。その結果、興奮性および抑制性シナプス機能低下がみとめられたが、興奮と抑制のバランスが減少しており、全体として、興奮性が減弱していることを明らかにした。さらに、光遺伝学的手法を併用して、シナプス後部とシナプス前部のSetd1aのKDの効果を精査したところ、シナプス後部のSetd1のKDがシナプス前部の機能低下を起こすことを明らかにした。さらに、形態学的解析を行い、Setd1aのKDにより、前頭前野の2/3層錐体細胞の樹状突起スパインの数が減少していることを明らかにした。これらは令和元年度に計画されていたものであり、極めて順調に研究が進行したことを示している。 計画では、令和元年度にSetd1a遺伝子改変マウスの作製を進めることになっていたが、既に統合失調症患者でみられる変異と同等の変異をマウスのSetd1a遺伝子に導入し、このヘテロ接合体マウスの電気生理学的および形態学的解析を行って、結果を得ている。この点は、当初の計画以上に研究が進展しているといえる。 また、Setd1a以外の候補遺伝子のスクリーニングに関しては、KDすることによって前頭前野の2/3層錐体細胞のシナプス機能に異常を生じるものを同定しており、予定どおりに研究が進行したといえる。 以上、総合的にみると、研究は極めて順調に進行しており、一部、当初の計画以上に進展しているといえる。
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今後の研究の推進方策 |
令和元年度に引き続き、統合失調症患者でみられる変異と同等の変異をSetd1a遺伝子に導入したマウスのヘテロ接合体マウス(Setd1a+/- マウス)の電気生理学的および形態学的解析を継続する。内側前頭前野の急性脳スライスにおける電気生理学的解析を行い、2/3層錐体細胞の興奮性シナプス伝達、抑制性シナプス伝達、興奮性・抑制性シナプス応答のバランス、細胞膜の受動的性質の解析を終了する。また、Setd1a+/- マウスの網羅的行動学的解析を終了する。さらに、新たなプロジェクトとして、生後の機能的神経回路発達におけるSetd1aの役割を明らかにするために、発達期小脳の登上線維-プルキンエ細胞シナプスでみられるシナプス刈り込みに異常がみられるかを調べる。生後4週齢のSetd1a+/- マウスの小脳スライスを作製し、プルキンエ細胞からホールセル記録を行い、登上線維を刺激して興奮性シナプス電流を記録する。刺激電流を変化させた場合に生ずるシナプス応答のステップの数から、プルキンエ細胞が何本の登上線維からシナプス入力を受けているかを判定する。また、令和元年度に引き続き、Setd1a以外のヒストン3リジン4メチル化・脱メチル化酵素の遺伝子で、精神疾患に関連する候補遺伝子の解析を行う。明らかな異常を認めた場合は、当該遺伝子のノックアウトマウスの作製を開始する。
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