研究領域 | マルチスケール精神病態の構成的理解 |
研究課題/領域番号 |
19H05225
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研究機関 | 大阪市立大学 |
研究代表者 |
水関 健司 大阪市立大学, 大学院医学研究科, 教授 (80344448)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 恐怖記憶 / 海馬 / 扁桃体 / 前頭前野 / 外傷後ストレス障害 |
研究実績の概要 |
齧歯類を用いた恐怖条件付け学習による恐怖記憶の形成と消去は、ヒトにおける心的外傷後ストレス障害(PTSD)とその治療の動物モデルとして広く研究されてきた。その結果、恐怖記憶の形成や消去には、扁桃体、腹側海馬、前頭前野など複数の領域が関わることがわかってきた。しかし、どのような脳領域間・神経細胞間のネットワークダイナミクスが恐怖記憶の獲得・固定・想起・消去の一連の過程に関わるのかはよく理解されていない。本研究は、恐怖記憶の形成と消去の基盤となる神経ダイナミクスの理解を通じて、複数の脳領域にまたがる神経ネットワークの病態生理の観点から外傷後ストレス障害の理解を目指す。 2019年度は、多脳領域同時・大規模電気生理学計測を使って、恐怖記憶の形成前から消去後まで連続して扁桃体・腹側海馬・前頭前野からそれぞれ約50個の神経細胞の活動を記録し、恐怖記憶の獲得・固定・想起・消去の基盤となる神経ネットワークの時間的・空間的ダイナミクスの全貌を明らかにするための実験系を確立することができた。さらに、恐怖の表現の単なる神経発火列の特徴抽出にとどまらず、複数の脳領域による階層的な情報表現と、階層性に基づいた情報処理の実態を明らかにことを目的としている。この目的のために、principal component analysis, independent component analysisを使ったポピュレーションレベルでの神経活動の解析法を確立した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
恐怖条件付けの実験で従来使われている床から足底への電気ショックは大きな電気ノイズを生じるため、電気生理学記録との併用が難しい。そこで、眼瞼内に留置した電極からの電気パルスを嫌悪刺激としてノイズを低減し、電気生理学的記録と併用可能な恐怖条件付けの手法を確立した。この手法を使って、本年度は扁桃体・前頭前野・腹側海馬の3領域から同時に多数の神経細胞の活動を、恐怖記憶の獲得・固定・想起・消去の全過程を通して電気生理学的に連続記録することに成功した。さらに、従来は立ちすくみ行動のみを使って恐怖の程度が推測されてきた。2019年度は、心電図・筋電図・頭部加速度などの生理学的反応を測定し、より正確に恐怖の程度を定量する方法を確立できた。2020年度は開発したこれらの方法を使って、恐怖記憶の獲得・固定・想起・消去の全過程を通して恐怖の程度と神経活動の記録を突き合わせることで、脳領域間・神経細胞間の相互作用や個々の細胞が表現する情報と、恐怖記憶の獲得・固定・想起・消去などとの関係を調べ、恐怖記憶の基盤となる神経ダイナミクスの理解を目指す準備ができた。以上より、「概ね順調に進展している」と判断した。
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今後の研究の推進方策 |
2019年度に確立した、眼瞼内に留置した電極からの電気パルスを嫌悪刺激としてノイズを低減し、電気生理学的記録と併用可能な恐怖条件付けの手法を使って、2020年度は扁桃体・前頭前野・腹側海馬の3領域から同時に多数の神経細胞の活動を、恐怖記憶の獲得・固定・想起・消去の全過程を通して電気生理学的に連続記録する。さらに、従来は立ちすくみ行動のみを使って恐怖の程度が推測されてきた。そこで、2019年度に心電図・筋電図・頭部加速度などの生理学的反応を測定し、より正確に恐怖の程度を定量する方法を確立した。2020年度はこれらの開発した方法を使って、恐怖記憶の獲得・固定・想起・消去の全過程を通して恐怖の程度と神経活動の記録を突き合わせることで、脳領域間・神経細胞間の相互作用や個々の細胞が表現する情報と、恐怖記憶の獲得・固定・想起・消去などとの関係を調べ、恐怖記憶の基盤となる神経ダイナミクスの理解を目指す。 2020年度は上記の実験で得られる大規模な電気生理学データ(192~256チャネル、18時間連続記録)と生理的反応データを使って以下の解析を行う。まず非負値行列因子分解などの多変量解析を行い、恐怖記憶を表現するエングラム細胞集団が恐怖記憶の獲得・固定・想起・消去の過程でどのようなダイナミクスを示すかを調べる。さらに、各領域のエングラムの活動を時間窓に区切ってグレンジャー因果解析を行うことで、領域をまたいだエングラム・ネットワークの動態を解析する。また、恐怖記憶の獲得・固定・想起・消去の過程において、扁桃体・腹側海馬・前頭前野の領域内・領域間での局所電位と個々の神経細胞の活動の相関を、コヒーレンス、発火位相相関、相互相関関数などを用いて調べ、神経細胞間・脳領域間の相互作用を明らかにする。以上の解析から、恐怖記憶の獲得・固定・想起・消去の基盤となる神経ダイナミクスの解明を目指す。
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