研究領域 | マルチスケール精神病態の構成的理解 |
研究課題/領域番号 |
19H05230
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研究機関 | 関西医科大学 |
研究代表者 |
中村 加枝 関西医科大学, 医学部, 教授 (40454607)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | ストレス / 大脳基底核 / セロトニン / 光遺伝学 / 意思決定 / 眼球運動 / 拡張扁桃体 / 黒質網様部 |
研究実績の概要 |
我々の認知・行動は情動、特にストレスによって影響を受ける。しかし、ストレスが認知や行動を変化させるメカニズムやその修飾過程は不明な点が多い。本申請では特に臨床上問題になる負の情動による衝動性変化に焦点をあて、そのメカニズムを明らかにすることを目的としている。意思決定の神経基盤である大脳皮質―基底核回路のoutput channel である黒質網様部は、上丘や視床などの運動出力部位を持続的に抑制し、それを脱抑制することにより出力を制御する。この黒質網様部は(1)情動情報処理を担う扁桃体の出力部に位置する拡張扁桃体、特に分界条床核からの抑制性投射と(2)セロトニンによる修飾を受けている。ストレス下の衝動的運動発現や嫌悪刺激への過剰な反応は、これらの入力の変化による脱抑制機能の破綻の結果である可能性がある。この仮説を検証するために、申請者らは、サルが嫌悪刺激を予測しつつ選択を行う眼球運動課題を開発し、ストレス下の衝動性の亢進を再現できる動物モデルを構築した。このモデルを用いて、拡張扁桃体の一部である分界条床核(扁桃体出力)と黒質網様部(大脳基底核出力)の課題関連発火が、刻々と変化するストレスレベルやそれを反映する自律神経反応、選択行動や衝動的行動とどのように関連するかを明らかにする。さらに、分界条床核と黒質網様部において光遺伝学的・薬理学的にセロトニン操作を行い、受容体・タイミング特異的な機能回路の変化を解明する。以上により、ストレス下の衝動的な認知・行動発現のメカニズムを、扁桃体→大脳基底核回路とそのセロトニン制御の変化として明らかにすることを目的とする。2019年度では、行動課題の確立と、セロトニン操作のための背側縫線核へのウイルスベクターの注入、光操作の導入を行った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
ストレス下で行う眼球運動課題を確立した。選択眼球運動課題では、中心点注視の後左右の視覚刺激のいずれかが報酬と関連付けられており、それを眼球運動で選択する。視覚刺激と報酬の関連は予告なく入れ替わる。この課題において、試行間にエアパフと関連付けられた経時的に変化する視覚条件刺激を呈示することによって、持続したストレス状態下で行動課題を行わせた。計3頭のサルにおいて、ストレス強度の増大による交感神経優位(瞳孔径増大・皮膚温度低下)の自律神経反応に加え、中央点注視を続けられないエラーを含む衝動的反応の増加が確認された。異なる報酬が期待される眼球運動課題では、24-36試行からなる視覚誘導性眼球運動(1ブロック)で、一定の方向(例:右)のみで報酬が与えられる。次のブロックでは逆(左)のみで報酬が与えられる。報酬なしの方向にターゲットが出ても、次の試行へ進むために正しく行う必要がある。また、視覚刺激が報酬・音・嫌悪刺激と関連付けられるパブロフ型条件付け課題も行った。 次に、一頭のサルにおいて研究協力者が開発したセロトニン細胞特異的にチャネルロドブシンを発現するAAVベクターを背側縫線核に注入した。注入約1か月後、背測縫線核細胞の一部は光強度に応じて発火が認められた。これにより個々の細胞がセロトニン細胞であるかどうかの同定が可能となり、行動課題関連性も確認できた。それによると、条件付け課題、選択課題、異なる報酬課題ともに嫌悪刺激により強く反応する細胞と、報酬刺激により強く反応する細胞があり、後者が一般的だった。一方、これらの細胞はサルが正しい選択を行った場合特に嫌悪刺激が予測される場合に強い反応を示すことが多かった。このように、光遺伝学的に同定されたセロトニン細胞の行動課題選択性を明らかにすることができた。
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今後の研究の推進方策 |
2020年度は、2019年度で明らかにしたセロトニン投射の行動課題選択性の因果関係を光刺激を中心に確認する。背側縫線核さらに、その投射先である黒質網様部・緻密部・分界条床核・扁桃体中心核の課題関連活動記録と光操作の影響を検討する。光刺激に応じるつまりセロトニン細胞やセロトニン細胞の投射を受ける細胞が、報酬や嫌悪刺激の期待にどのように反応するか、また、異なる情動下での行動とどのような関連性があるかを明らかにする。 さらに、試行や試行内のタイミング特異的に光刺激を行い、神経活動記録で予測させるセロトニン投射の役割の時間的因果関係も明らかにする。また、扁桃体系の分界条床核、大脳基底核系の黒質網様部ニューロンの課題関連活動を同時記録、比較し、両者の関係と行動の関連を調べる。例えば、扁桃体系(分界条床核)の神経活動が大脳基底核系(黒質網様部)より優位なら、交感神経優位で黒質網様部による抑制機能が弱くなり、衝動的反応が目立つ。大脳基底核系が優位な場合は黒質網様部による抑制機能が強く、しかも報酬獲得行動も亢進すると予想している。 以上により、扁桃体・大脳基底核とセロトニン投射による、異なる情動下での行動変容のメカニズムを明らかにする。
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