本研究では、卵巣の生理的条件下でWntシグナルが原始卵胞の活性化に果たす役割を明らかにすることを目標としている。原始卵胞中の卵母細胞は休眠状態で保存されており、ごく一部が活性化されて成長段階に入る。このステップでは卵母細胞とそれを取り囲む前顆粒膜細胞が同時に活性化する。これまでの研究により、顆粒膜細胞特異的なWntlessの条件付きノックアウト (Wls cKO) マウスによりWnt分泌を阻害すると、前顆粒膜細胞の分化が抑制され、卵母細胞の成長も部分的に阻害されることを見出した。 今年度は、Wntシグナルの下流で機能する因子の探索を行うことによって全体像の理解に取り組んだ。具体的にはWls cKOマウスと野生型マウス卵巣由来の細胞についてシングルセルトランスクリプトーム解析を遂行した。セルソーターによる体細胞の区別を容易にするために、交配により蛍光レポーターを持つWls cKOマウスを作出した。原始卵胞と一次卵胞を多く含む7日齢の卵巣を消化し、セルソーターによって体細胞とcKit陽性の卵母細胞を384プレートに回収した。引き続いてライブラリーの作製およびNGS解析まで完了しており、現在はデータ解析が進行中である。予備的な結果として、Wntシグナルの下流で調整される複数の経路および遺伝子の候補が得られた。 原始卵胞活性化を制御するWntシグナルと既知のシグナルのクロストークを解明するため、Wls cKO マウスにおけるmTORシグナルおよびKitシグナルの動態を変異マウスと卵巣培養系を用いて検証した。その結果、mTORシグナルはWntと協調的に機能すること、Kitの発現調節にWntは促進作用を持たないことが示唆された。
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